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フランス人がデモやストにイソイソと参加するわけ

恵まれた老後を保障するフランスの年金制度。政府の改革案を巡り地下鉄、国鉄がスト。

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

フランスで大規模なストが始まった12月5日、パリの主要ターミナル駅の一つであるサンラザール駅は通常、乗客でごった返す昼過ぎもほとんど人の姿はなかった=2019年12月5日、ソフィー・デュピュイ撮影

 年末のフランスで、国鉄や地下鉄、バスといった公共交通機関がストライキを展開中だ。パリでは、地下鉄に関する「明日は何号線が5本に2本」などの情報が毎晩、トップニュースで報じられる。「通常運行するのは、自動運転で運転手がいない1号線と14号線」なんて聞くと、なんとなくおかしくなる。

 国鉄の場合、自慢のフランス版新幹線(TGV)や在来線が「何本に1本」運転されるかがニュースになる。クリスマス休暇を利用した遠出を取りやめたり、列車を諦めて自転車旅行に切り替えた組も多かったという。観光客でごった返すシャルル・ドゴール国際空港では、テレビニュースのインタビューに、「フランス名物を体現できた」「フランスの本当の姿を見ることができた」など、負け惜しみ?のコメントも目立った。

年金が充実、定年を待ち望むフランス人

 今回のストの目的は、年金制度改革に対する反対だ。フランスでは、年金は社会保障制度の枠組みで、健康保険、失業保険と共に、給料から負担金が毎月差し引かれる。だから、日本のように、「年金の負担金の支払いを忘れた」ということはあり得ない。

 現行のフランスの定年は原則62歳。約40年働くと、給料の最高時の約8割が支給される。日本だと、年金だけではとても暮らせない。ましてや、晩婚で就学児童がいたり、住居のローンが残っていたりすれば、「第2の職場」を必死に探さなければならないが、これだけ貰えれば、そんな必要もない。

 このように恵まれた老後が保障されているので、一刻も早く定年を迎え、老後の生活を楽しみたいというのが、フランス人の一般的な人生観だ。文字通りのハッピー・リタイアである。

発端は政府の年金制度改革案

フランスのマクロン大統領=2019年10月18日、ブリュッセル
 とはいえ、フランスでも日本同様、少子高齢化の波が押し寄せている。マクロン大統領は大統領選のキャンペーン当時から、公約の一つに「年金制度改革」を掲げていた。

 今回の年金制度改革は、年金制度の巨額の赤字を多少とも解消しようとするもので、フィリップ首相率いる政府が当初、発表した改革案の内容は、定年を63、64歳に引き上げること、これまで国鉄や地下鉄従業員に与えられていた「特別制度」を廃止することが骨子だ。

  この改革案への抗議として、公共交通のストが始まったのは12月5日。5日当日のスト参加数は主催者(共産党系最大労組・労働総同盟=CGT)発表で約百万にのぼった。しかも、当初の主催者側の発表と異なり、その後も連日、ストが続き、12月17日の13回目のストでは、パリだけで約35万人が参加した。

 ストの広がりを受け、政府は改革案の一部の変更を余儀なくされた。フィリップ首相が12月11日に発表した妥協案の内容は、2027年まで現行の原則62歳定年を維持、それ以降に64歳にするというものだった。その一方で「特別制度」の廃止は堅持したが、これが「首相の発表は火に油」(フランス労働総同盟、CGT)と猛反発をくらった。

時代遅れの「特別制度」だが……

 「特別制度」とは何か。これが、いかにも老大国フランスらしく、第1次世界大戦当時の制度を継承したものだ。蒸気機関車が主役だった当時、国鉄の動力は石炭だった。石炭を釜に投げ込みながら、まっ黒になって列車を走らせた重労働なので、彼らには特別に50歳代で定年を迎え、ハッピー・リタイアの生活に入る特典が与えられた、というわけだ。

 また、地下鉄の従業員の場合は、基本的に地下で仕事をするので、太陽を拝めない炭鉱夫と同様に「不健康な生活」を余儀なくさせられているという理由から、同じように50歳代での早期定年の特権が与えられている。

 列車の動力は、とっくの昔に石炭から電力になり、「まっ黒になって働く鉄道員は、ジャン・ギャパン主演の古い名作映画でしか見られないではないか」と反論しても無駄。「地下鉄従業員は週35時間労働、5週間の有給休暇もあるので、日光は十分に拝めるではないか」と言っても、あれやこれやの“正統な理由”を並べ立て、ストが続けられる。

 フランスならではの、こうした「人権尊重」を基本にした「フランス的論理」には、時に笑ってしまうが、彼らにとっては、ストを決行してでも死守するべき、重要な特権なのだ。この改革案の実質的な立案者が不動産申告で「妻の名義分を忘れた」という、どこかで聞いたような理由がバレて辞任するなどの突発事件も加わり、改革案の行方は、目下、霧の中だ。

ストで年金改革案が潰えた前例も

 フランスでは、1995年年末にも年金制度改革案が潰(つい)えた前例がある。この時は、重労働の長距離トラックの50歳代定年の恩典廃止に対する反対が主要理由だった。国鉄、地下鉄はもとより、郵便、電気、ガス、病院など他の公共部門も連帯し、11月末に始まったストは年末まで約1カ月間続き、改革案は潰えた。

 当時の首相はアラン・ジュペ。シラク大統領が創設した右派政党・共和国連合(共和党の前身)のエースだった。高級官僚養成所の国立行政院(ENA)に加え、秀才が集まる高等師範学校(エコール・ノルマン・シュペリエル)卒の超エリートだが、まさしく「才あって徳なし」の典型。木で鼻をくくったような態度に一般国民も反感を募らせ、ストに同調して1カ月間、自転車、ローラースケート、あるいは片道5時間の長距離徒歩や数時間の渋滞に耐えて、ストを支援した。

 フィリップ首相はこのジュペの“愛弟子”で、ENAの後輩でもある。師匠の失敗が頭にあるせいか、しきりに、「自分は国民の声を聞く」と述べているが、どうなるか……

ストライキ、デモは「フランス名物」

 スト、デモは、確かに「フランス名物だ」。大小で年間平均、約3000のデモが実施されている。

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