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総統選が目前。選挙を通じ強まった台湾の民主社会

経済力は大陸に遠く及ばなくなったが、大陸にない民主社会は発展を続ける

藤原秀人 フリージャーナリスト

高雄が「台湾民主の聖地」と呼ばれるわけ

 大集会が開かれた高雄は「台湾民主の聖地」と呼ばれる。40年前の1979年12月10日、戒厳令を敷いていた国民党独裁政権と戦う人々がこの地で集会を開き、政治の民主化や言論の自由を訴えた。警察は催涙弾を撃って参加者らを逮捕、軍事法廷にかけた。集会を開いた中心人物が「美麗島雑誌」を発行していたので「美麗島事件」と呼ぼれるようになった。

 民主化運動を弾圧した国民党政権は、後ろ盾の米国などから大きな批判を浴び、戒厳令は1987年に解除され、民進党が正式に発足することになった。事件での逮捕者や弁護人はのちに民進党の主要メンバーとなる。総統になった陳水扁、副総統になった呂秀蓮、首相にあたる行政院長の蘇貞昌、駐日代表の謝長廷、総統府秘書長の陳菊の各氏らだ。

 台湾各地で民主化を求めて血を流す人は後を絶たなかったが、美麗島事件での弾圧はとりわけ苛烈を極め、高雄は特別の地となった。だから、選挙になると高雄では、民進党と国民党の支持者が鋭く対立し、小競り合いだけでなく、車の衝突合戦や暴力沙汰も起きてきた。

 私は選挙取材のたびに高雄を訪れたが、支持政党の異なるタクシーの運転手たちが無線で連絡しあって集合し、乱闘を繰り広げるのを何度も見た。私が日本人と分かっていても、「どっちを応援している」と聞いてくる市民がいた。

拡大演説する蔡英文総統=2019年10月10日、台北

台湾社会を強靱にした選挙の経験

 今回も、事件事故を危惧する声は少なくなく、蔡総統は参加者に理性を求め、警察は警戒を強めていた。しかし、衝突は起きなかった。各党はそろって台湾民主の成熟ぶりを讃えた。

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筆者

藤原秀人

藤原秀人(ふじわら・ひでひと) フリージャーナリスト

元朝日新聞記者。外報部員、香港特派員、北京特派員、論説委員などを経て、2004年から2008年まで中国総局長。その後、中国・アジア担当の編集委員、新潟総局長などを経て、2019年8月退社。2000年から1年間、ハーバード大学国際問題研究所客員研究員。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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