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分断と対立に立ち向かう「愛」の第九交響曲

ロスフィル100周年コンサートのドゥダメル指揮「歓びの歌」と自由の“光と影”

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

「第九」と「Yanga」の組み合わせに鳴った脳内アラーム

 LAフィル100周年ウィークのトリをつとめたのは、現在の音楽監督ドゥダメルが指揮するベートーベンの交響曲第9番。日本では歳末の風物詩ともなっている「第九」であった。

 この演奏会の前半では、メキシコの女性作曲家、ガブリエラ・オルティス(Gabriela Ortiz 1964~)作曲の「YANGA」が演奏された。この曲は、植民地主義時代の南米大陸にあって、スペイン支配下のメキシコにおける黒人奴隷の解放運動のリーダーGasper Yanga(1545~?)をモチーフにして作曲された曲である。

 アフリカの民族楽器(打楽器)を演奏するソリスト4人が特徴的なリズムを刻み続け、女性合唱が割り込むというユニークな楽曲で、歌は「自由の時代!」と繰り返し叫ぶ。リズミカルな打楽器に透明な女性合唱による自由の讃歌は、聴くものを高揚させるのに十分であった。

 しかし、ここで私の頭には「?」が浮かんだ。「Yanga」と「第九」の組み合わせを素直に受け入れられないと、脳がアラームを鳴らしたのだ。なぜか。

 奴隷解放を目指した「Yanga」の根源的な自由を制限し、はく奪しようとしたのは、スペインを始めとした欧米列強である。ベートーベンがいくら「第九」で人類の同胞愛を叫ぼうが、西洋中心主義によるそれなのではないか。「Yanga」の叫ぶ自由と、「第九」が愛でる自由は、すれ違うのではないかという疑念で、頭がいっぱいになったのである。

 西欧の自由には、奴隷を所有する自由が含まれた時代も確かにあった。これを無視しては、自由の讃歌は偽善の歌と堕す。

「歓び」を通じて「分断」の克服しようとしたプロジェクト

拡大ドゥダメル「第九」のプログラムノート=2019年10月27日、ロサンゼルス(筆者撮影)
 思えば「第九」は、苦悩・混沌から歓喜の勝利で結ばれるその裏で、作曲者の手を離れて、暗い影の歴史も背負ってきた。

 そもそもベートーベンが4楽章の合唱で依拠したフリードリヒ・シラーの「歓喜に寄せて」は、個人の感情の発露としての「喜び」ではなく、より宇宙的な拡がりを目指す「歓び」を主題としている(「歓喜に寄せて」を主題に、シラーとベートーベンの現代的意義を問う矢羽々崇『「歓喜に寄せて」の物語』(現代書館、2019年)は、「第九」をめぐる現代までの光と影の物語として秀逸である)。

 フリーランスが稀有だった頃、職業を通じて階級等に依存することなく、あくまで「自由」であろうとしたシラー。孤独なシラーを援助し続けた友人ケルナーとの友情から、人間のつながりによって得られる「歓び」を通じ、異なる人間が一体(同胞)となる(“Alle Menschen warden Brüder ”「すべての人間は同胞になる」)という詩が生まれた。それは、「歓喜に寄せて」の主語が「我々(wir)」「幾百万の者たち(Millionen)」という複数形であって、「私(ich)」ではないことにも表れている。

 自身もまた、歴史上ほぼ初のフリーランス作曲家であり、自由な生と人類への同胞愛のをめざし、「価値」の闘いを音楽で表現し続けたベートーベンが、こうしたシラーの詩に共鳴しないはずがない。ベートーベンは、「歓び」の共通体験をコンサートホールという場で、高揚感と熱狂のうちに具現化させようとした。

 当時の道徳哲学において、「歓び」の対義語は、「悲しみ」ではなく、「懐疑」であった。「懐疑」は「分断」を生む。異世界や異宗教、社会の格差、ひいては自己の中でも様々な矛盾や分裂を起こすのが、われわれ人間であり市民社会である。シラーやベートーベンは、こうした大小の分裂や分断を、「歓び」によって克服しようとした。「第九」とは、そんなプロジェクトだったのである。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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