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桜を見る会があぶり出した憲法改正より大切なこと

「バックアップは行政文書でない」「反社会的勢力は定義しない」が示す法治国家の危機

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

安倍晋三首相=2019年12月26日、東京・大手町

「桜を見る会」の議論は無駄ではない

 2020(令和2)年がはじまりました。年が改まると、前年のことをさっぱりと“流して”しまうのが日本人。昨年、世間を騒がせた「桜を見る会」を巡る関心も、一段落している感があります。

 安倍晋三総理は、昨年12月の国会閉幕後の講演会で、「桜を見る会」の問題に自ら触れ、「3年ほどの間、国会で政策論争以外の話に多くの審議時間が割かれてしまっていることを申し訳なく思っている」とし、夏の参院選で憲法改正論議を望む民意が示されたとの認識を示したうえで、「憲法審査会でそれに応え得るような中身の議論が行われることを期待したい」と述べました。「桜を見る会」の議論は国にとって「無駄」であり、憲法改正の議論こそが国にとって「有意義」であるとの首相の意思がにじんでいます(詳しくはこちら)。

 しかし、私は以前の論考で書いた通り「桜を見る会」の議論は、この政権の隠されていた様々な側面をあぶり出した、極めて有意義なものであったと思っています。そして、そのあぶり出された事実の一つに、顕著な「法と言葉の軽視」があり、それは憲法改正にも関わることですので、本稿ではこれについて、あらためて論じたいと思います。

法や言葉が突如、「定義不明」「解釈変更」に

 まず、今般の「桜を見る会」を巡って、政府からなされた「法、言葉」について不可解な説明、答弁を列挙してみましょう。

 ①野党議員が5月9日に「桜を見る会」の内閣府の招待者名簿の提出を求めた2時間後にシュレッダーで廃棄されたが、その後8週間、LAN上にバックアップデータが残っていたにもかかわらず、政府は5月21日に国会で招待者名簿について「破棄していた。」と説明した。提出しなかった理由について問われた政府は、「行政文書のバックアップデータは行政文書でない。」と回答した(朝日新聞デジタル2019年12月4日)。

 ②「桜を見る会」に反社会的勢力が出席しことが疑われたことから、野党議員が反社会的勢力の定義を問う質問主意書を提出したところ、「反社会的勢力」を「あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」とする答弁書を閣議決定した(朝日新聞デジタル2019年12月10日)。

 ③野党が「桜を見る会」についての集中審議のために、参議院規則第38条2「委員の三分の一から要求があったときは、委員長は、委員会を開かなければならない」に基づき、11月22日に委員の3分の1以上に当たる15名の開催要求書を参議院議長に手渡したが、「時期の定めがない」としてこれに応じず、国会閉会日の12月9日に残余案件の継続審議を決めるわずか2分の委員会を開いたことをもって「委員会を開いた」とした(東京新聞ウェブ2019年12月7日

 ④「桜を見る会」への推薦基準として、内閣府は各省庁に対し、「褒章の受章者や各界功績者」などと具体的に示していたが、安倍総理の事務所が地元支援者の参加を募った際はこの様な基準は示されておらず、事実上フリーパスだった(ヤフーニュース2019年11月26日)。これについて野党が12月17日のヒアリング説明を求めると、中井亨・内閣官房参事官が「『功労功績』といった定義は中々難しい」と発言した。

 ⑤野党議員が、昭恵夫人の出席する「行事」における公用車の使用についてたずねたところ、「(質問の)意味するところが明らかではない」として応えなかった。記者会見において公用車について尋ねられると、「公用車の定義はさまざま」とした(朝日新聞デジタル2019年12月17日)。

 「桜を見る会」が問題として大きく取り上げられたわずか2カ月ほどで、「行政文書」「反社会的勢力」「委員会を開く」「功労功績」「公用車」という常識的にはその意味が明確で、定義に困るようなものではなかった法や言葉が、突如「定義不明」とされたり、従前の定義から突如その意味を変更されたりするといった「解釈変更」をされたのです。

「バックアップは行政文書ではない」は非常識

 それでは、上記の政府の突然の「解釈変更」は、はたして妥当なものなのか。それぞれについて見てみましょう。

 まず、「バックアップは行政文書でない」です。行政文書は、「公文書管理等に関する法律」、通称「公文書管理法」において、以下の用に定められています。

公文書管理法
第2条4項
この法律において「行政文書」とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書(図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)を含む。第十九条を除き、以下同じ。)であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。

 この条文を見る限り、「桜を見る会」の招待者名簿のサーバーのバックアップデータは、内閣府の職員が職務上作成した電磁的記録であり、内閣府において組織的に用いるものとして内閣府が保有しているものですから、当然「行政文書」に当たるとしか考えられませんし、実際多くの人がそう思ってきました。

 ところが、政府はこれを、「バックアップデータを管理する職員『しか』用いないから、組織的に用いるものではない(組織共用性がない)。」として、公用文書でないとしたのです。

 しかし、一般に広く「行政文書」として認められている審議会の報告書や審議会における討論資料なども、ほとんどの場合はその審議会の中でしか使われません。「特定の職員しか使わないものは、組織的に用いるものではない。」などと言ったら、省庁で使われている文書のほとんど全ては行政文書でなくなってしまいます。政府のこの「解釈変更」は、余りに非常識なものと言わざるを得ません。

Golden Sikorka/shutterstoc.com

「反社会的勢力」の定義はある

 次に、「反社会的勢力をあらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難」ですが、こちらは第1次安倍内閣時の2007年に犯罪対策閣僚会議幹事会申合せにおいて策定された「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」において、「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」と定義されています(詳しくはこちら)。

 この定義を基に国交省は売買契約・賃貸借契約で用いるモデル条項を広く公表していますので(詳しくはこちら)、ご自身の売買契約書・賃貸借契約書で「反社会的勢力排除条項」を見たことがある人も多いでしょう(ただし、モデル条項は反社会的勢力を「暴力団、暴力団関係企業、総会屋若しくはこれらに準ずる者又 はその構成員」と狭く定義しています)。

 上記の通り定義に広い、狭いはあるものの、2007年から10年以上も国内で幅広く使われてきた「反社会的勢力」の定義をいきなり「定義困難」とする「解釈変更」もまた、極めて非常識なものと言わざるを得ません。

 「委員会を開く」については、参議院規則第38条2「委員の三分の一から要求があったときは、委員長は、委員会を開かなければならない」とされている以上、速やかに日程を調整して1週間程度で開催すべきというのが常識的解釈でしょう。にもかかわらず、「規則には時期は定められていない」として20日近くも委員会を開催せず、国会閉会日に残余案件の継続審議を決めるわずかか2分の委員会を開いたことをもって、「委員会を開いた」としたことは、正に非常識な「解釈変更」と言わざるを得ません。

 「功労・功績」「公用車」に至っては、その定義が難しいと考える人は極めて限られており、政府がこれを「定義困難」とすることは、ただ単に不可解で非常識としか言いようがありません。

「桜を見る会」で乾杯をする安倍晋三首相(最後列右から2人目)、菅義偉官房長官(中列右から3人目)ら=2019年4月13日、東京都新宿区

法律には解釈の余地があるが……

 ただし、この様な「非常識」な政府の解釈変更がすべて完全な誤りと断定できるかというと、それは必ずしもそうとは言えません。

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