野球人、アフリカをゆく(19)南スーダン野球の未来を開く男との出会いが
2019年12月28日
<これまでのあらすじ>
危険地南スーダンに赴任し、過去、ガーナ、タンザニアで野球の普及活動を経験した筆者は、3カ国目の任地でも、首都ジュバ市内に安全な場所を確保し、野球教室を始めた。初めて野球を目にし、取り組む南スーダンの子供たちとの信頼関係も徐々にできてゆく。ようやく試合ができるレベルになってくると、試合前に整列し、礼をする日本の高校野球の形を導入していった。その独自の野球哲学は、タンザニアとガーナでの経験から培われたものだった。
「ミスター・トモナリ! ウェルカムバック!」
ジュバ大学のグラウンドに防弾車で到着し、野球道具一式を下ろしていると、いつの間にか来ていたキャプテンのジオンが少し照れた表情で声をかけてきた。
「タンザニアはどうでしたか?」
前回の日曜日は、ちょうど第6回タンザニア甲子園大会(2018年12月6日~9日)が開催され、休暇を取得してダルエスサラームに行っていたため、練習を欠席した。選手たちにはその理由を伝えていたため、関心があったのだろう。
「ジオン、今日も早くきたんだな。ウェルカム!」と握手をしながら、「野球がまったくなかったタンザニアに野球場が建設されたんだ。18チーム200人以上が参加した大会でなかなかのものだったよ」というと、うなづきながら「グレイト!」(すごい)と短く返してきた。
「あ、ジオン、紹介しよう。日本からきたばかりの金森大輔だ」
そう言って、上はサッカーの侍ジャパンのブルーのユニフォームにスポーツ短パンという、どうみてもサッカースタイルの金森をジオンに引き合わせる。
「ダイス、わかっているな。これからここでやることはサッカーじゃなくて野球だぞ」と上目使いで茶化すイマニ(事務所の同僚、今井所員のニックネーム)に、「わかってますよ」と爽やかに笑いながら返すダイス。我々おじさんコンビに加わった彼は、着任直後とあって肌も白く、ひときわ若々しく見える。
実はダイスは野球人ではなく、サッカー人生を歩んできた。大学時代は体育会のサッカー部に所属し、チームは全国大会の決勝まで進む。本人は1年生にしてレギュラーの座をつかみかけ、Jリーガーになることを夢見ていたらしい。たび重なる怪我により、思うような選手生活を送ることができず、挫折もあったが、部活動は最後までやり抜いたという。筋金入りのスポーツマンだ。
2018年9月にゼロから始めた南スーダン野球団は、4カ月目を迎えていた。徐々に野球らしくなってはきたが、野球がゼロだったタンザニアにわずか7年で「ダルエスサラーム甲子園球場」ができ、大会が開催されるまでになる発展ぶりを見てきたばかりの私からすると、タイムマシーンに乗って7年前に戻ってきたような、「デジャブ」を見ているような錯覚を覚える。
野球と出会ったばかりの南スーダンの子供たちにも、いつか本格的な野球場で、思う存分野球を楽しませてあげたい。そのためにも、一回一回の練習で、野球の魅力を少しでも多く伝えたい。それももっと多くの子供たちに――。そんな思いがふつふつと湧き上がる。
そんな思いを胸に秘めながら、いつも通りキャッチボールから始めたあと、いったん全員集合させ、チーム分けをする。新たに加わったダイス以外にも、徐々に在留邦人の参加が増え始めていた。南スーダンは危険地であるため、在留邦人のほとんどは、日本大使館員かJICA関係者、あるいはUNDP(国連開発計画)やUNICEF(国際連合児童基金)、UNMISS(国際連合南スーダン派遣団)など国連機関に所属するスタッフだ。
こうした方々が参加してくださるのは大変ありがたい。なんせ野球を見たことがない子供たちが取り組むのだ。ルールも十分わかっておらず、しかも毎回初めての参加者がいるので、まださほど大差ないとはいえ、経験と知識の個人差をカバーするのは大変だ。日本人であれば、たいていの人は野球のルールなど最低限のことは知っているので、ある程度であれば、誰でもなんらかの指導をすることができる。
かくして、在留邦人が4、5人入って紅白戦が始まった。はじまりは、もちろん整列して礼。日本人は野球経験者でなくても、日本の甲子園大会などで見慣れているため、問題なくすぐにスムーズに溶け込めている。
日本からきた在留邦人は、幸いにもサッカーやテニス、武道など、本格的にスポーツを経験した人が多く、試合が始まると、捕る、投げる、打つを、どれもそつなく、という以上にできてしまう。特にピッチャーは打たせることを重視しているため、下投げだ。これなら大抵の日本人は打てる。
すると、試合途中に打席に入った一人の南スーダン人の選手が、両チームのキャッチャー役を務める私に尋ねてきた。
「バットって思い切り振っていいんですか? あんなに遠くに飛ばしてもいいものなんですか?」
えっ? 思わずずっこけそうになった私。だが、待てよ。これまで選手たちに打席では自由に打たせていたが、そういえば、バットを思いきり振れと言ったこともないし、遠くに飛ばせ、と指示したこともない。そこでいったん選手を集めてみんなに伝えた。
「野球の魅力の一つは、ホームランといって、遠くに打球を飛ばして打ったバッターがホームに帰ってくることなんだ。ランナーがいたら、その分得点も増える。狙っていいぞ!」
そこから一転して、ガンガンホームランが出始めた、とはならなかった。しかし、
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