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差別なき社会へ 「民族主義者」田中宏の闘い

田中宏さんと考える(5)教育無償化の差別解消や地方参政権の国際水準めざして

市川速水 朝日新聞編集委員

自分の大学が「差別」とは…

 2019年12月7日、東京・渋谷の青山学院大学で、国連人権勧告の実現を目指す市民集会が開かれた。一橋大学名誉教授の田中宏さん(82)は一番前の席でじっと聴いていた。

 労組への弾圧、差別禁止条例、日の丸・君が代強要問題などが報告されるなかで、朝鮮学校や系列の幼稚園が無償化から外されている問題も取り上げられた。

 集会後、寒空の下で表参道界隈をデモ行進した。デモでも先頭に立って垂れ幕を持った。

 「すべての人に尊厳と人権を保障しろ」「朝鮮学校だけを無償化から外すな」

 シュプレヒコールに合わせてこぶしを振り上げた。

国連人権勧告を日本政府が受け入れるよう訴え行進する田中宏さん(中央)ら=2019年12月7日、東京・渋谷、筆者撮影

 田中さんは、1960年代から在日外国人が日本の制度的・社会的な差別を受けている実態を著書や講演で訴え続けてきたが、こと朝鮮学校の差別は、人ごとではなく大学の教員である自分に直接降りかかってきた問題だった。

田中「愛知県立大学に勤めていた1974年、知人から『君の大学はずいぶん冷たいね』と言われたのです。朝鮮高級学校(高校に相当)の卒業予定者が、私の大学に出願したら『入学資格なし』という理由で願書が送り返されたことを初めて知りました。大学の前の電柱には『県大の民族差別糾弾』とビラも貼られていたのです」

 朝鮮学校は戦後間もなく、いまの在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)系の学校として各地に生まれたが、日本政府は「学校」として認めないばかりか、閉鎖を迫ったこともある。しかし、いまではすべての朝鮮学校が、認可権を持つ都道府県知事により「各種学校」として認可されている。こうした経緯から、朝鮮高校生はすべての国立大学と多くの公立大学への出願が門前払いされていた。

 足元の「差別」に衝撃を受けた田中さんは、学校教育法など関係法令を研究し、施行規則に、大学が入学資格を認定できる条項「その他大学において、相当の年齢に達し、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者」があるのを見つけた。2年がかりで教授会を説得し、外国人学校の卒業生も受験できるよう門戸を開き、入学者も生まれた。

 それを機に、それまで大学入学資格検定(大検、現在の高等学校卒業程度認定試験の前身)に合格しないと受けられなかった国公私立大学の受験資格問題に取り組み始めた。

田中「その後、私が一橋大学に移ると、問題の国立大学で外国人学校卒業生に門戸を開くにはどうすべきかと考えましたが、文部省(現・文部科学省)が管轄する全国統一のセンター試験があり、朝鮮学校生は、まずセンター試験に出願できない。センター試験が必要ない大学院であれば受け入れる可能性があると考え、国立大学の教員同士で連携をとりました。1998年9月、京都大学大学院理学研究科が朝鮮大学校生の受験を認め、合格者が出ました。翌年、文部省も省令を改正し、大学院については門戸を開放しました。2003年になって、学部についても外国人学校生が受験できるよう新たな方針が打ち出されます」

米国からの圧力で外国人学校に風穴

 ただ、当初は欧米系のインターナショナル・スクールだけという変則的なものだった。

田中「実は、日米貿易摩擦が背景にありました。アメリカから『外国人学校卒業生の大学受験資格を認めないことや、学校が寄付金を受けても税制上の優遇措置を受けられないことなどは、非関税障壁だ』と圧力をかけられたのです。欧米系だけとは許せないと、朝鮮学校からブラジル学校までが国会で院内集会を持ち、文科省や自民・公明両党の関係者らに働きかけ、全面的な開放に結びついていったわけです。その時、公明党の池坊保子・文科大臣政務官が重要な役割を果たされたと思います。当時の公明党は、地方参政権を含め、外国人との共生に何が必要かを本気で考えていました。残念ながら、税制上の優遇措置はいまだに欧米系のインターナショナル・スクールだけという状況が続いています」

 在日韓国・朝鮮人差別の歴史はいま、朝鮮学校が高校無償化制度から外されている問題に凝縮されている、と田中さんは思っている。この除外問題は、民主党政権と第2次安倍政権の「合作」のようなものだった。

 高校無償化制度は、国公立、私立の高校だけでなく、専修学校や各種学校である外国人学校において、授業料が無償になったり、就学支援金が支給されたりする画期的な制度として設計された。

 だが、民主党政権時代の2010年2月、日本人拉致事件を担当する中井洽大臣が、朝鮮高校を外すよう文部科学相に要請した。検討会議で審査することになり、同会議は「外交上の配慮ではなく、教育上の観点から判断すべきだ」と報告したが、11月、北朝鮮による韓国・延坪島砲撃事件の翌日、菅直人首相が審査の「凍結」を指示。退任時に凍結を解除したが、野田佳彦政権も決定を棚上げして民主党政権は幕を閉じる。

 2012年12月、安倍政権になって2日後、下村博文文科相が「拉致問題に進展がない」「朝鮮総連と密接な関係にある」ことを理由に「(無償化の指定には)国民の理解が得られない」と、朝鮮学校の無償化の根拠となる規定を削除する狙い撃ちに出た。

 日朝関係と絡めた朝鮮学校排除は、2019年10月に始まった幼稚園・保育所無償化(幼保無償化)からも朝鮮学校系の施設を外すことにつながる。生徒や保護者は、教育を受ける権利の侵害だとして国連に訴え、就学支援金を求める裁判を各地で起こしている。

「各種学校を無償化の対象に」と記者会見で訴える「朝鮮学校付属幼稚園保護者連絡会」の宋恵淑代表(左)ら=2019年9月、東京・霞が関の文部科学省

 田中さんは2015年、大阪地裁に長文の「鑑定意見書」を提出し、「私人による攻撃とは違い、無償化からの朝鮮高校除外は、国による差別であるところに大きな特徴がある。国連人権機関では、はっきりと『教育における差別』であると認定していることを重く受け止めなければならない」と結論づけた。

 冒頭の市民集会で報告された幼保無償化外しの実態によると、無償の対象になったのは5万5千施設、300万人に上るのに対して、対象から外されたのは89施設、3千人とごくわずかだった。そのうち朝鮮幼稚園が40施設、600人を占めている。

日本の教育は多文化に対応できているか

 田中さんは朝鮮学校差別について、日本による朝鮮半島の植民地支配から日韓国交正常化を経て今、請求権協定の解釈をめぐって衝突する流れと同様の「敵対視、差別意識ありき」だと見ている。

田中「1910年の韓国併合条約第1条には『韓国は、韓国全部に関する一切の統治権を完全かつ永久に譲与する』とあります。「完全かつ永久に」日本人にしたはずの、日本に住む人たちの『日本国籍』を1952年に一方的に剝奪したのです。その理屈は、韓国併合がなければ日本国籍を取得しなかったであろう者が日本国籍を失うとの『原状回復主義』とされたのです。1965年の日韓条約で併合条約の『無効』を宣言したのですから、朝鮮人の『原状回復』を保障するのが道理でしょう。まさに、そこに民族教育が含まれるのです。朝鮮人は、日本で朝鮮人としての教育を受ける権利が保障されなければならないのです」

 田中さんは、日本の教育の問題点が映し出されている、とも言う。

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