前回東京五輪での売春対策
「論座」では、本音の話もできそうだ。そんな気持ちになったのは、このサイトに掲載された杉浦由美子さんの書いた「壊れゆくAV女優というセーフティネット〈上下〉」を読んだからである。
筆者は、日本において売春や買春の禁止ないし自由化をめぐる議論がほとんどなされてこなかったことに常々疑問を感じている。拙著『サイバー空間における覇権争奪』に記したように、カジノやセックスにかかわる「ダーティー産業」は新技術のソフト面の普及に重要な役割を果たしてきたと認識している筆者は、この問題の延長線上で売春や買春の取締りをめぐる世界の状況に関心をもちつづけている。

売買春が合法化されているオランダ・アムステルダムの歓楽街 hurricanehank / Shutterstock.com
斗鬼正一著「東京オリンピックと日本人のアイデンティティー」(『江戸川大学紀要』、2018年)のなかに、「1964年3月トルコ風呂取り締まり関係機関代表者会議が開かれ、総理府売春対策審議会では、オリンピックの年を迎えて売春をなくす運動を展開することを決定、東京都もオリンピック衛生対策としてトルコ風呂の監督強化を決定している」との記述がある。
五輪開催にはまだ間があるからどうなるかわからないが、この種の問題は避けて通れまい。いや、むしろ、真正面から論じてほしいと思う。
どうしてか。それは、海外でのまじめな議論に接する機会が多いからである。ロシアの反政府新聞で名高い「ノーヴァヤガゼータ」の2019年12月30日付電子版は「20年前、スウェーデンは買春を犯罪と宣言した。あれから何が起きたのか」という長文の記事を掲載した。同じくロシアの有力紙「コメルサント」は2019年7月27日付電子版で、「スウェーデン・モデル なぜ買春客の犯罪化というアイデアは敗北を被ったのか」を公表した。筆者が37年間読み続けているThe Economistは2019年6月15日号で、「買春客の犯罪化というアイデアが広がっている」という記事を載せている。
海外の事情――二つのアプローチ
「春をひさぐ」行為は犯罪かどうかをめぐって、世界には二つのアプローチがある。
スウェーデンは1999年1月1日に買春客を犯罪者として罰する法律を施行した。これは「ノルディックモデル」と呼ばれ、その後、ノルウェー、アイスランド、カナダ、英国の北アイルランド、フランス、アイルランド、イスラエルなどに相次いで導入される。
韓国でも、2004年にそれまでの「淪落行為等防止法」に代えて「性売買特別法」と呼ばれる新しい法律が制定され、買春者と斡旋者が処罰されるようになった。2014年2月、ノルディックモデルは違法売買と闘い、性の平等を改善する一つの方法であるとの拘束力のない決議が欧州議会で採択されるに至る。
他方で、オーストラリアのヴィクトリア州で、規制のもとで売春宿の合法的経営を認める1984年法が制定された後、1994年のセックスワーク法制定で同州での売買春の完全合法化が実現された。その後、同種の政策を採用したのが1999年のデンマーク、2000年のオランダ、2003年のニュージーランドであった。
HIVのような感染症を防ぐにはしっかりした規制が必要であるとの立場から、世界保健機関(WTO)を含む国際機関の多くは売買春の「脱犯罪化」を支持している。ただ、オランダでは2019年4月、ノルディックモデルの導入を求める請願が4万人強の署名を集め、議会に提出された。
こうした二つのアプローチのなかで、米国では、2019年にメーン州とマサチューセッツ州で、売買春を脱犯罪化するための法案が議会に提案された。いずれも立法化には至っていないが、各州で売買春の法的位置づけをめぐる議論が沸き起こっている。一方、米国で唯一、売春宿の合法的経営が域内の一部で認められているネヴァダ州では、売買春の非合法化を求める動きが広がりつつある。