ゴーン氏の「日本の司法制度は不正義」は本当か?
ゴーン氏の逃亡、“伊藤詩織さん事件”から浮かぶ日本の刑事司法・行政制度の問題
米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士
悪名高い「人質司法」の実態
まず、日本の司法制度の最大の問題点として悪名高い「人質司法」について考えてみます。
法制度上、捜査機関は逮捕時に72時間(48時間以内に検察官送致。検察官送致から24時間以内に勾留請求)の身体拘束が認められます。さらに、検察官の勾留請求に対して裁判官が勾留決定をした場合には最大10日間、くわえて拘留延長も10日間認められます。結果的に、逮捕から23日間の身体拘束が認められているわけです。
そして、この23日間のうちにいったん起訴してしまえば、さらに2カ月間の起訴後勾留が認められ、その後も1カ月ごとに何度でも更新されます(刑事訴訟法第60条)。しかも、多くの場合、勾留は法律で決められている拘置所ではなく、長期の勾留には向いていない警察の留置場(代用監獄)で行われます。
ここで、いずれの勾留も、条文上は以下のように定められます。
刑事訴訟法第60条
「裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。
① 被告人が定まった住居を有しないとき。
② 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
③ 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
これに従えば、本来は、罪証隠滅、あるいは逃亡をすると疑うに足りる相当の理由がなければならないはずですが、実際の運用では、事件を否認している(自白しない)というほぼそれだけで、「罪証隠滅」「逃亡の恐れあり」として検察官が勾留請求をし、検察官が勾留請求をすれば裁判所はほぼ自動的にこれを認めています。結果的に、事件を否認している限りほぼ自動的に認められ、延々と継続される勾留による身柄拘束が、“自白強要”の道具となっていることを否定するのは困難です。
各国の身柄拘束の事情に関するデータは十分とはいえませんが、長短はともかくとして、身柄拘束自体は諸外国でも存在します(参照)。とはいえ、それが日本において「人質司法」を行っていい理由にはなりません。
もちろん、本当に罪証隠滅や逃亡の恐れがある場合は身柄の拘束も仕方ないとは思いますが、被疑者・被告人はあくまで被疑者・被告人であって、裁判で有罪が確定するまでは推定無罪の一般人であるはずです。警察が家宅捜索で証拠になりそうなものは全て押収し、関係者との人間関係からも口裏合わせはほとんど考えられず、逃亡も実質的に不可能(ゴーン氏の場合はかなり特殊です)というような状況で、単に自白していない(否認している)という事実だけに基づき、延々と身柄を拘束する運用は、是非とも改善されるべきものと思います。
逃亡防止策を講じたうえで「保釈」を進めよ

仏テレビ局TF1が入手した、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告(中央)の写真。同局によると、大みそかにベイルート市内で妻のキャロル氏(右)と新年を祝う宴を開いている様子が写されている=同テレビ局の映像から
こうした「人質司法」を改善するものとして、最近認められるようになってきたのが、「保釈」です。しかし、保釈は刑事訴訟法上、起訴後しか認められず、認められる場合もほとんどの場合、被告人の権利としての「権利保釈(刑事訴訟法第89条)」ではなく、裁判所の裁量による「裁量保釈(刑事訴訟法第90条)」で、弁護士と裁判所の交渉の結果とはいえ、裁判所の裁量により様々な条件が付けられます。
今回のゴーン氏の保釈においても、妻のキャロル氏との面接・連絡は原則禁じられ、裁判所に対して事前に面接を行う日時、場所、方法及び事項を明らかにして許可を得た場合のみ可能とされました。この条件自体が新たな人権侵害だという主張に、正面から反論することは困難です(ゴーン氏の保釈に際して付加された条件はこちら)。
今回はゴーン氏によって意図的に保釈の条件が破られ、その点について擁護するものではないのですが、一方で、これだけこまごまとした保釈条件を課しておきながら、実のところ、保釈条件を破ること自体は新たな犯罪を構成しませんし、保釈条件を守らせるための公的手段も、保釈金の没収以外は事実上ありません(ただし、犯罪捜査規範第253条は「警察署長は、検察官から、その管轄区域内に居住する者について、保釈し、又は勾留の執行を停止した者の通知を受けたときは、その者に係る事件の捜査に従事した警察官その他適当な警察官を指定して、その行動を視察させなければならない。」と定めています)。
本件においても、日産自動車が自ら民間の警備会社を雇ってゴーン氏を監視し、それに対してゴーン氏側が軽犯罪法違反と探偵業法違反の罪で刑事告訴する旨を通告し、これを受けて監視を中止したすきをついて逃亡したとも報道されています(THE SANKEI NEWS 2020年1月4日)。
今回のゴーン氏の事件をもって、「保釈を行うべきでない」「保釈をより厳格にすべき」という様な論調が出ているのは、時代に逆行するものとしか思えず、むしろ諸外国を参考に、保釈下で逃亡した場合の罪や、GPS装着を含めた公的な監視方法の確立等の逃亡防止策を講じたうえで、可能な限り人権侵害的条件を付加することなく、保釈自体は今後とも進めていくべきと思います(こちらを差参照)。
なお、勾留総人員中に占める保釈人員の割合である保釈率は、最も低かった平成15(2003)年の12%から平成30(2018)年の34%へと大きく向上していますが(参照1、参照2)、保釈されるのが通常であるとされる諸外国に比べて、保釈率はなお相当に低いものと考えられます。