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アフリカの国を変えるディアスポラたち

野球人、アフリカをゆく(20)「頭脳帰還」で母国で活躍。野球の記憶も蘇り……

友成晋也 認定NPO法人アフリカ野球友の会 代表理事

グラウンドに現れた有言実行のピーター

 2019年2月下旬の日曜日。練習開始時間より早く到着し、ダイスこと金森大輔と共に防弾車から野球道具を下ろしていると、小型乗用車がグラウンドに入ってきた。グラウンドのわきに停車し、出てきたのは、車のサイズと似つかわしくない大柄な男性。白いTシャツにジャージ、スポーツシューズに満面の笑みで歩み寄ってきた。

 「ミスター・トモナリ!さっそくきました!」

 先週、女子サッカー教室のグラウンドで出会ったピーターだ。毎週日曜日の2時から野球をやっているからと誘ったら、「ぜひ行きたい」と即答した彼は、有言実行の男だった。

拡大ひょんなことから出会ったピーターが初めてグラウンドにやってきた。これまでの野球歴を語るピーター。

 「アフリカあるある」の一つに「イクイク詐欺」がある。簡単に行く、と言っておいて、来ない、という単純なもので、「明日行くから」「今度行くから」が続くというやつ。詐欺というより文化と言ってもいいかもしれない。

 彼らにとって、相手をだますつもりはなく、様々な社会的背景、要因で思い通り進まないのが日常化、常態化しているため、行けなくなっても許容される、という慣習があるのだ。

 「ピーター、ようこそ!すごいね、開始時間前に来るとは思わなかった」とつい本音を言うと、「まだ、アフリカンタイムに慣れてなくて」とアメリカ帰りを背景にした冗談で返してきた。

まさしく典型的なディアスポラ

拡大アメリカの大学を出たあと、中国・北京の科学技術大学院でビジネスマネジメントを学んだピーター。大学院の修了式で。
 「ピーターは何年アフリカにいたの?」と訊くと、「10年間です。26歳の時、2011年に南スーダンに帰ってきました」という。「南スーダンの独立の年に?」「2009年にノースカロライナ州の大学を出て、AT&Tに勤めていたんです。でも、2011年に南スーダンが長年の内戦を経て独立するときき、そのまま仕事をしていくことよりも、祖国に帰りたいと思ったんです」

 「AT&Tって、あの有名なアメリカ最大の通信会社でしょ?それを辞めてまで?」と驚くと、「15歳までは親の仕事の関係で、スーダンの首都ハルツームに住んでいましたけど、当時の南スーダンが僕や家族の故郷でしたから。半世紀もの内戦を経ての独立ですから、歴史的瞬間を母国で迎えたかったんです」と穏やかながら、ハキハキとよどみなくきれいな英語で話すピーター。今34歳の彼は、ジュバ市内のIT系の会社に勤務しているという。

 まさしく典型的なディアスポラだ。

 お父さんは宗教関係者で、アメリカのバージニア州で家族で暮らす機会を得て、ピーターは兄妹とともに、アメリカの現地校に通学することになったらしい。

 「僕はもともとはサッカー少年だったんです。でも、せっかくアメリカにきたんだから、ここでしかできないスポーツにチャレンジしようと思ったんです」とピーター。

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筆者

友成晋也

友成晋也(ともなり・しんや) 認定NPO法人アフリカ野球友の会 代表理事

中学、高校、大学と野球一筋。慶應義塾大学卒業後、リクルートコスモス社勤務を経てJICA(独立行政法人国際協力機構)に転職。1996年からのJICAガーナ事務所在勤時代に、仕事の傍らガーナ野球代表チーム監督に就任し、オリンピックを目指す。帰国後、2003年にNPO法人アフリカ野球友の会を立ち上げ、以来17年にわたり野球を通じた国際交流、協力をアフリカ8か国で展開。2014年には、タンザニアで二度目の代表監督に就任。2018年からJICA南スーダン事務所に勤務の傍ら、青少年野球チームを立ち上げ、指導を行っている。著書に『アフリカと白球』(文芸社)。

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