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橋本龍太郎の密使を連れて金泳三の元へ

小此木政夫さんに聞く「朝鮮と日本の過去・未来」(2)

市川速水 朝日新聞編集委員

軍閥を退かせた金泳三氏を高評価

 慶応大学名誉教授の小此木政夫さん(74)が日本の歴代政権の外交の助言役になるのは、1990年代の橋本龍太郎政権からだという。

小此木「あまり人に語ったことはないのですが、関係者はみな亡くなられているし、そろそろいいでしょうかね…。橋本龍太郎さんとの関係が最初です。それ以前は、政治とはほとんど無関係で、テレビのニュース解説とかによく引っ張り出される日々でした。(北朝鮮が全斗煥大統領を暗殺しようとした)ラングーン爆弾テロ事件とか、三金(金大中、金泳三、金鍾泌)が争う大統領選挙とかについて発言するようになりました」

 「三金」のなかで小此木さんが最も評価していたのは、金泳三氏だったという。

拡大大統領在任中に朝日新聞との単独会見に応じた金泳三氏=1995年8月、韓国大統領府

 当時、日本のメディアや市民運動家たちの間では、金大中(キム・デジュン)氏を支持する人が多かった。民主化運動のカリスマ的存在だったこと、1970年代、朴正熙(パク・チョンヒ)政権の下、東京のホテルで韓国中央情報部(KCIA)に拉致された事件や、死刑判決を受けても金氏が政界によみがえったことなどで、日本のリベラル層に強烈な印象を与えていたからだ。

小此木「僕は、自分が『運動圏』(市民運動派)でなかったこともあり、そのへんの違いがあったのかもしれないのですが、今でも金泳三をそれなりに高く評価しています。なぜなら、韓国の民主主義というのは軍の介入によってつぶされ続けた民主主義だから。民主化というのは、軍をいかに政治から撤退させるかということを意味していたのです。金泳三は、例の『ハナフェ』(軍部内の私的組織、軍閥)を粛清し、軍を政治から撤退させた、その功績が大きいわけです。あの時点で金大中が政権の座に就いたら、クーデターになったでしょう」

 ハナフェは韓国語で「一つの会」を意味し、全斗煥が朴正熙大統領黙認の下、慶尚道(地図で言うと半島の右下の部分)出身の将校らを人事面で優遇した暗黙のネットワーク。朴大統領が暗殺されると、ハナフェ主導のクーデターが起き、メンバーの全斗煥、盧泰愚が政権を奪う形になった。

小此木「金泳三さんは、韓国でもあまり評価されてこなかったと思いますが、彼の言っていた選挙革命、議会で多数を取って民主革命を起こすという考え方…街頭闘争をやったらDJ(=金大中氏の略称)に勝てないこともありましたが…、その思想に私が共感を持った部分もあり、YS(=金泳三の略称)とは特に親しかったのです。その後、YSが大統領になり、橋本さんが自民党総裁になる1995年ごろには、いつでもYSに会えるような関係でした」

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筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

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