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ゴーン氏の「クリスマスに一人」発言と人権の本質

「持てる人」と「持たざる人」、個別に「人権」を設定することは可能か?

米山隆一 衆議院議員・弁護士・医学博士

日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告=2020年1月10日、レバノン・ベイルート

 日産のカルロス・ゴーン前会長の衝撃的な逃亡事件の後、日本の司法制度のあり方や、ゴーン氏自身、そして刑事被疑者・被告人に対する議論が様々になされています。

ゴーン氏の会見発言めぐりSNSで盛り上がり

会見で資料を示す日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告=2020年1月8日、レバノン・ベイルート
 そのなかで、1月8日にゴーン氏自身がレバノンのベイルートで記者会見を行い、
「私は無期限で独房に拘束された。何度か保釈を申請したが却下された。クリスマスも新年の休暇も一人で過ごした。6週間も家族に会えなかった。家族との接触は弁護士からガラス越しに見せられた手紙だけだった。1日8時間以上も弁護士なしで尋問を受けた。何の容疑に問われているのかもまったく分からず、証拠に接することもできなかった。人権と尊厳を損なわれた」
と主張したところ(デジタル毎日2020年1月9日)、これを産経新聞系列のスポーツ新聞であるサンスポが、
「『クリスマスも新年も1人だった。私の人権と尊厳を奪われる事態だった。…』と語った」と報じた(サンスポコム2020年1月8日)ことから、芸能人がテレビ番組でネガティブなコメントをしたほか(スポニチアネックス2020年1月9日)、SNS等で「私の人権も侵害されていたんだ!」といったコメントが多数出て、ちょっとした盛り上がりを見せています。

 ちなみにこちらの
――【悲報】ワイ、知らぬ間に人権と尊厳が奪われる事態だった模様
というツイートは1月12日時点で3.3万リツイート、9万「いいね」と、完全に「バズった」状態で、これに対して、
――面白いです。あえて真面目に解説するとですね、人は「自分の好きな人と過ごすことを『妨げられない』権利」があるのであって、「妨げる対象がいない」人の人権と尊厳は如何に強大な国家権力をもってしても奪えません。持たざる者は最強であるということでしょうか、ええ。
とコメントした私のツイートも、1月12日時点で397リツイート、1050「いいね」と、元ツイートに比べてふた桁ほど小さいながら「プチバズり」な状況となっています。

 もともとが産経新聞系列のスポーツ新聞であるサンスポが、偶然か意図的か、ゴーン氏の実際の発言からは大分ニュアンスが異なるものに「要約」して報じたことに端を発したものであるうえ、それぞれSNSで「半分冗談」としてなされている個々人の発言ではあるのですが、実のところ、この議論は期せずして「人権」というものの本質をついていると思いますので、本稿ではその点について論じたいと思います。

「人権侵害」と捉えるのは自然だが……

 まず、ゴーン氏が「クリスマスも新年も1人だった」ことによって、「人権と尊厳が奪われた」と言えるかどうかを考えます。

 2018年11月19日の突然の逮捕と勾留、家族との接見禁止で、クリスマス、新年を一人で寒い拘置所で過ごさなければならなかったことは、犯罪容疑で逮捕されているためとはいえ、本人にとって大きなショックであり、これを本人が「人権侵害」と捉えるのは極めて自然だと思います。

 一方で、実はというか、周知のとおりというか、ゴーン氏は「超」が三つぐらい付く「大金持ち」であり、その時期が見通せないとはいえ、早晩保釈されることは当初より予想されていました。

拘置所暮らしの実態

 ゴーン氏が勾留されていた小管拘置所は、ご本人の弁の通り、なにより「寒い」ことで悪名高いのですが(ヤフーニュース2020年1月10日)、拘置所前には業界的には名の知れた差し入れ用品販売店・池田屋があり、拘置所内にも両全会の売店があります。ここで買った布団やお菓子類の多くは差し入れ可能です(東京拘置所完全ガイド)。

 自殺防止の観点からの制限はありますが、衣服はどこで買ったものでも比較的自由に差し入れできますし、意外なことに1回3万円程度の現金の差し入れも可能で、本人が拘置所内で、指定業者から物品や飲食物の購入をすることもできます。

 内容に制限はあるものの、書籍の差し入れもでき、検閲はされますが、郵便のやり取りも可能で(被疑者・被告人は犯罪者ではないのですから、これらのことは当然と言えば当然ですが)、家族愛の強そうなご様子から、ほぼ毎日家族からの手紙が届いたことと思われます。

 また、勾留中に家族との接見はできなかったとはいえ、それ相応の報酬を支払われた一流の弁護士が、ほぼ毎日、郵送されるものとは別にアクリル板(ゴーン氏は「ガラス」と表現していますが)越しに見せるために、家族からの心温まる手紙を携え、極めて丁寧に接見に当たっていたものと予想されます。

 もしかしたら、「家族愛」と「支援者」に満ちた、私をはじめとする世の多くの人の生活よりもずっと「恵まれている」といっても過言ではない境遇にあった可能性は、正直なところ、否定できません。

ベイルートの住宅街にあるカルロス・ゴーン前会長の自宅=2020年1月1日、ベイルート

制限されても豊かで幸福なゴーン氏の生活

 さらに、108日間の勾留を経て保釈された後になると、海外渡航や、妻のキャロルさんを含む複数の人との接触を禁じられ(ただし、妻キャロルさんとは裁判所の事前の許可があれば可)、PCの使用も9時~17時に制限されるなど(保釈許可決定文書参照)、不自由さがあったのは間違いありませんが、自宅は元麻布ヒルズの豪華マンション、4人の娘・息子との接見は禁じられず、飲食に制限はなく、3日以上となると裁判所の許可がいるとはいえ、日本国内なら移動は自由。正直いって、相当に美味しいものを食べ、相当に美味しいお酒を飲み、妻からの手紙と愛娘・愛息に励まされ、時にはお忍びとはいえ温泉旅行に行ったりすることもあったんだろうとは推測され(勝手な推測で恐縮ですが)、これまた「家族愛」と「支援者」に満ち、物質的にも極めて豊かで、私をはじめ世の多くの人の生活よりもずっと「恵まれている」と言っていい生活であった可能性は否定できないどころか、極めて高かっただろうと言わざるを得ません。

日産自動車の前会長カルロス・ゴーン被告の会見で笑顔を見せる妻のキャロル容疑者=2020年1月8日午後、レバノン・ベイルート
 つまり、ゴーン氏の訴える「人権と尊厳が侵害された」とは、ゴーン氏が持っているありとあらゆる物的・人的資産を用いて、彼が幸せになる権利を奪われたということなのですが、そもそも彼が持っている物的・人的資産は常人とはけた違いに多く、それが国家によって二分の一、三分の一に制限されたとしても、なお常人よりは相当程度に豊かで幸福な生活を送っていたと思われるのです。

 まさにそれこそが、ゴーン氏への同情を減らし、本稿の冒頭で紹介した通り、SNS上の羨望(せんぼう)と揶揄(やゆ)と自虐に満ちた反応を惹起しているのだろうと思われますが、ゴーン氏のような「大金持ち」にも、私を含む一般の人たちと等しく、「彼の持っているもので幸せになることを妨げない」権利を認めるのが、人権という考え方なのです。

人権は「持てる人」「持たざる人」に共通

 これと対照的なのが、大変恐縮ながら、ゴーン氏はじめ極めて少数の「恵まれた人達」を除いた、小管の拘置所もしくは、全国の拘置所・留置所に勾留されている刑事事件の被疑者・被告人の人たちです。

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