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蔡総統再選をもたらした台湾“民衆”の賢さと強さ

中国との距離を問う選挙で中国と「最も距離の遠い人」を圧勝させた台湾の人々

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

台湾総統選で再選を果たし、勝利宣言をする蔡英文総統=2020年1月11日、台北市

 台湾総統選挙が1月11日に投開票され、与党・民進党の現職の蔡英文総統が再選を果たした。2位の最大野党・国民党の韓国瑜氏(高雄市長)の552万票を大きく引き離す817万票の得票は、総統選史上の最高記録であった。

 同時に実施された立法員(国会議員)選でも、与党・民進党は定数(113)の過半数(61)を確保して強固な政治基盤を築いた。なんとこの選挙では、国民党の主席までもが落選している。

 今回の総統選は「中国との距離を問う選挙」と言われたが、台湾の人たちは、中国と「最も距離の遠い人」に圧倒的な支持を示したのである。

政治的窮地から一転……

 2016年の総統選挙で初当選した蔡氏だが、18年11月に実施された統一地方選では、経済のために中台関係を改善すると主張した国民党に大敗。その責任をとって、民進党の主席を辞任、支持率も低迷し、政治的窮地に追い込まれるなか、年を越した。

 ところが、19年の年頭、1月2日の習近平・中国国家主席の演説と、それに対する蔡総統の毅然(きぜん)とした反論が、台湾の世論を劇的に変えたのである。

 習主席は年頭演説で、武力行使をちらつかせながら、台湾に対して「1国2制度」による統一を迫った。蔡総統は即座に「台湾は1国2制度を絶対に受け入れない」と強く反発した。

 習主席は、民進党と蔡総統がどん底の苦境にある状況のもと、一気に強硬策で押し切り、今回の総統選での親中派(国民党)勝利の展望をひらこうとしたのであろう。リーダーとしての資質を問われる致命的な読み間違いであった。

強靱な政治姿勢に目を見張る

 蔡総統への期待が急激に薄れつつあった私は、この一件で彼女の強靱(きょうじん)な政治姿勢に目を見張った。台湾の世論もまた、この時点から蔡氏支持の流れを強めるに至った。

 蔡氏は「1国2制度」を拒否しただけではない。「圧力や威嚇で屈服させる企てがあってはならない」と中国政府の覇権主義的な態度を厳しく批判した。

 おそらく、その時点で蔡氏は1年後の総統選に立候補しても勝てないと感じていたのであろう。だから、候補者になるとか、総統に再選されるとかは二の次だったに違いない。それよりも、言うべきことを言い、残りの任期を自分の信条に従って務めることだけを、肝に銘じていたのだと思う。

 彼女の言動を追跡してきた私から見ても、19年に入ってからの姿勢は、その前とは大きく変わっているように見えた。「慎重過ぎる」とか「中ぶらりん」といった印象がすっかり影を潜め、言動がすこぶる単純明快になった。

香港デモも追い風に

 そこに、6月になって世界中を揺るがせた香港の“巨大デモ”が起きた。蔡氏が拒否した「1国2制度」の矛盾が、香港で先行して吹き出したともいえる香港デモは、総統選挙に向かう台湾の世論を刺激し、中国不信の潮流を強めることになった。そうしたなか、野党・国民党でさえ、親中と見られるのを嫌って、「1国2制度」を受け入れるわけにはいかなくなった。

 総統選挙は「蔡氏優勢」の下馬評で始まったが、気が気でない私は、年明けに首都の台北に飛び、何万人もが集まった蔡総統派の大集会の中に身を置いた。そこで感じたうねるような熱気は、日本では考えられない独特のものだった。

 大型スクリーンに映し出される蔡氏の顔を見て、その声を聴いていると、台湾への思いがひしひしと伝わってくる。まわりにいた若い人たちは、蔡氏の一言一言に反応し、立ち上がっては共鳴の声を上げる。

 参加しているのは、どこから見ても“ごく普通の人”だ。長年の経験で、組織によって動員された人は、反応が違うのですぐ分かる。彼らは、香港での半年にわたるデモに参加する人たちと同じ。まさしく、真剣そのものの大集会だった。

台湾総統選で敗北を認め、支持者の前であいさつする国民党の韓国瑜氏=2019年1月11日、高雄

「未来」を決めるという思いが押し上げた投票率

 総統選の得票率は74.90%にのぼった。これを、単に高い投票率として片付けてはいけない。

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