蔡総統再選をもたらした台湾“民衆”の賢さと強さ
中国との距離を問う選挙で中国と「最も距離の遠い人」を圧勝させた台湾の人々
田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授
強靱な政治姿勢に目を見張る
蔡総統への期待が急激に薄れつつあった私は、この一件で彼女の強靱(きょうじん)な政治姿勢に目を見張った。台湾の世論もまた、この時点から蔡氏支持の流れを強めるに至った。
蔡氏は「1国2制度」を拒否しただけではない。「圧力や威嚇で屈服させる企てがあってはならない」と中国政府の覇権主義的な態度を厳しく批判した。
おそらく、その時点で蔡氏は1年後の総統選に立候補しても勝てないと感じていたのであろう。だから、候補者になるとか、総統に再選されるとかは二の次だったに違いない。それよりも、言うべきことを言い、残りの任期を自分の信条に従って務めることだけを、肝に銘じていたのだと思う。
彼女の言動を追跡してきた私から見ても、19年に入ってからの姿勢は、その前とは大きく変わっているように見えた。「慎重過ぎる」とか「中ぶらりん」といった印象がすっかり影を潜め、言動がすこぶる単純明快になった。
香港デモも追い風に
そこに、6月になって世界中を揺るがせた香港の“巨大デモ”が起きた。蔡氏が拒否した「1国2制度」の矛盾が、香港で先行して吹き出したともいえる香港デモは、総統選挙に向かう台湾の世論を刺激し、中国不信の潮流を強めることになった。そうしたなか、野党・国民党でさえ、親中と見られるのを嫌って、「1国2制度」を受け入れるわけにはいかなくなった。
総統選挙は「蔡氏優勢」の下馬評で始まったが、気が気でない私は、年明けに首都の台北に飛び、何万人もが集まった蔡総統派の大集会の中に身を置いた。そこで感じたうねるような熱気は、日本では考えられない独特のものだった。
大型スクリーンに映し出される蔡氏の顔を見て、その声を聴いていると、台湾への思いがひしひしと伝わってくる。まわりにいた若い人たちは、蔡氏の一言一言に反応し、立ち上がっては共鳴の声を上げる。
参加しているのは、どこから見ても“ごく普通の人”だ。長年の経験で、組織によって動員された人は、反応が違うのですぐ分かる。彼らは、香港での半年にわたるデモに参加する人たちと同じ。まさしく、真剣そのものの大集会だった。

台湾総統選で敗北を認め、支持者の前であいさつする国民党の韓国瑜氏=2019年1月11日、高雄