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韓国学生街で大流行したブルー・ライト・ヨコハマ

日韓の大衆文化交流がもつ歴史的意義についての考察(上)

徐正敏 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1970年代末、延世大学界隈の「昔ながらの喫茶店」

 「昔ながらの喫茶店」。筆者の大学時代、それはほとんどさいごのときを迎えようとしていた。

 筆者が通っていた延世大学の正門を出て大通りを渡れば陸橋があり、その手前に左右に分かれてみすぼらしい喫茶店があった。右が「世前喫茶店」、左が「ドリームボート」(dream boat)だったと記憶する。

 講義の時間が空いたときや誰かと待ち合わせするとき、このふたつの喫茶店のどちらにするか迷ったものだ。ときに満員だったり、迷った末にどちらにも入らずに陸橋を過ぎると、また別の世界が目の前にあった。

 ざっと当時の見取り図を再現すれば、左に延世大学生の伝統的牙城だった「イーグル喫茶店」があり、その向かいの二階には当時としては瀟洒な「キャンパス喫茶店」があった。さらに数メートル先には「花喫茶店」があった。名前こそ陳腐だが、内部は広くきれいで、大きな「ミュージック・ボックス」(music box)が装備されており、「ジュン」と呼ばれた「ディスク・ジョッキー」(disk jockey)が活動していた。

 再び道を渡り現在の「名物通り」の交差点を渡ると、左方に喫茶店「ポップ」(pup)があり、さらには風呂屋の入った「大野城」のビルがあらわれる。その建物にあった「大野城喫茶店」は、辺り一帯の喫茶店ではもっとも広かったと思われるが、いまとなっては筆者の記憶も少々心許ない。

 しかし、当時この街でもっとも有名な喫茶店は別にあった。

 筆者が通う大学の学生だけでなく、近隣や遠方の学校の学生も新村で私たちに会ったりするときに、いちばんよく知られていたのは、「大野城」を過ぎてすこし先の書店「弘益文庫」の近くにあった「ボクチ喫茶店」だった。

拡大当時母校の延世大学の校庭での筆者、1978年春=筆者提供

 その店は、入口こそそんなに広くないが、入ってしばらくするとやけに縦に長いスペースの店であることがわかる。奥の方に座っている人を見つけるのは容易ではなかった。狭い横幅を広く感じさせるために、四方を鏡で囲ってあり、当時としてはかなり都会的な空間であった。

 筆者の記憶では、この喫茶店には「ミュージック・ボックス」はなく、穏やかでセンスのよい音楽が流れていたので、会話をたくさんしたいときや、新たな人に会うときにはよく利用した。

 延世大前からまっすぐに新村ロータリーに至る道々の喫茶店は、全体としてどちらかというとやや時代がかった感じだった。ところが近くの梨花女大入り口に行くと、喫茶店というよりはカフェと呼びたいような風景で、正門出てすぐ右の「カフェ・パリ」、すこし先に行って左に上る路地のなかほどの「ビクトリア」などは、当時としてはほとんど先端的なインテリアと洗練された雰囲気で、筆者のなかに特別な記憶が残っている。

 対照的に、延世大学前から梨大入口までのあいだにあった新村汽車駅周辺には、まさに「昔ながらの喫茶店」がいくつか残っていた。朝、「双和湯(漢方茶)」に生卵を入れて食すおじさんや、夕方には「桔梗ウイスキー」を飲む人ももちろんまだいた。

 筆者たちも大人になりたい気分のときは、その「昔ながらの喫茶店」に時々立ち寄った。そうではなくてシティボーイになりたいときには、すこし遠くて、座っているのが気まずくはあったが、梨大入口のカフェまで遠征をしたというわけだ。

 当時は必ず上着に大学「バッジ」をつけて通っていた。それをつけて、梨大入口の喫茶店に座っていると、意中の梨大生を待ち伏せしたり、梨大生をナンパしたりしようとする怪しげなものにしか見えない。だから筆者たちは、特別な場合を除いて延世の新村道の喫茶店文化の中でたいがいの時間を過ごした。

 そして、そのような喫茶店は、1980年代の半ば頃には完全に消えてなくなった。けばけばしい装飾と看板も全く新しく生まれ変わった。だから、筆者の大学時代は、そんな昔式喫茶店文化の終焉時代にあったといえる。

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筆者

徐正敏

徐正敏(そ・じょんみん) 明治学院大学教授(宗教史)、キリスト教研究所所長

1956年韓国生まれ。韓国延世大学と大学院で修学。日本同志社大学博士学位取得。韓国延世大学と同大学院教授、同神科大学副学長、明治学院大学招聘教授、同客員教授を経て現職。アジア宗教史、日韓キリスト教史、日韓関係史専門。留学時代を含めて10年以上日本で生活しながら東アジアの宗教、文化、社会、政治、特に日韓関係を研究している。主なる和文著書は、『日韓キリスト教関係史研究』(日本キリスト教団出版局、2009)、『韓国キリスト教史概論』(かんよう出版、2012)、『日韓キリスト教関係史論選』(かんよう出版、2013)、『韓国カトリック史概論』(かんよう出版、2015)、『東アジアの平和と和解』(共著、関西学院大学出版会、2017)など、以外日韓語での著書50巻以上。

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