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「働きたいけれども働けない者は食べてもよい」

ベーシック・インカムの本質はこれだ

塩原俊彦 高知大学准教授

 米民主党の大統領候補者を決めるための最初の党員集会(コーカス)が2020年2月3日にアイオワ州で開催される。

 本当は、「ヴァーチャル・コーカス」と呼ばれる、スマートフォンなどのモバイル端末を使って、1月29日から党員集会への「ヴァーチャル参加」が可能となる仕組みの導入が同州民主党によって決まっていたのだが、結局、ハッキングの恐れといった安全保障上の理由で、2019年8月、民主党全国委員会はこれを認めなかった。2016年と同じく、小規模会場(ミニサテライト)をいくつかつくって、2月3日のコーカス参加とみなすだけになった。米国でも、新技術導入を嫌う「テクノフォビア」が蔓延しているようだ(拙稿「新官僚論 「テクノフォビア」を脱却せよ」を参照)。

 この結果、インターネット・ユーザーの支持を集める、アジア系のアンドリュー・ヤンに痛手になることが懸念される。彼は最低所得保障を意味する、「ベーシック・インカム」(基礎的所得、BI)の導入を主張し、若者を中心に一定の支持を集めてきた。そこで今回はBIをめぐって論じてみたい。

拡大米大統領選へ立候補の意向を表明している台湾系米国人実業家、アンドリュー・ヤン氏(中央)=2019年12月7日、米サウスカロライナ州

世界の潮流から大きく遅れた日本

 まず、BI導入に向けた世界的な動向を取り上げたい。2019年2月にフィンランドの社会問題・保健省によって公表された「2017~2018年のBI実験 予備結果」によると、実験は2017年1月から2年間実施され、フィンランドの社会保険機関から基礎的失業支援を受け取る17万5000人のうち、BI(月560ユーロ、約634ドル)を受ける2000人とそうでない残りの5000人が区分され、前者は無条件でBIを得られる。仕事で所得を得ても減らされない。1年後、両者の労働市場での行動に大差はなかった。

 前者は2017年に平均49.6日雇用されたが、後者の平均雇用期間は49.3日で、就労所得を得た人の割合は前者が43.7%、後者が42.9%で、数値に大きな違いはみられなかった(回答率は前者が31.4%、後者が20.3%)。ただ実験は2年間続くから、この結果だけではBI導入の効果を推定することは難しい。

 フィンランド以外にも、カナダのオンタリオ州での実験開始(2017年4月)と4000人へのBI支払いと中断(2019年3月末)、2017年9月にスタートしたスペインでの実験(B-MINCOME)、2018年6月から2019年10月まで900人が参加するオランダでの実験などがあった(これらの比較については世界保健機関のまとめた報告書を参照)。

 規模が大きいのは、2016年にケニアで始まった197の村々の2万人が毎月22ドル相当を2028年まで受け取るBI実験だ。ドイツでも、2019年3月からベルリンで250人に3年間、月416ユーロのBIを渡す実験がスタートした。

 他方、米国では、わずか125人に対して毎月500ドルが18カ月間わたされる実験がカリフォルニア州のストックトン市で2019年2月から始まった。同年2月、ニューヨーク州選出のオカシオ・コルテス下院議員らが提出したグリーン・ニューディール法案には、当初、「BIプログラムのような追加措置」が盛り込まれていた。最終的には、この部分は削除されたのだが、それほど、BI導入は政治的に問題化しやすいテーマということになる。だからこそ、冒頭で紹介した民主党大統領候補の一人、ヤンは毎月1000ドルのBI導入を主張している。

 日本でも2017年の衆院選で、旧希望の党がBI導入を掲げた。それ以前から、一部の政党はBIに注目していたが、いずれも人気取りのあだ花にすぎなかった。もはや実験にまでこぎつけている世界の潮流からみると、日本は大いに遅れている。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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