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欧州はポピュリズムに多党分立、日本は自民一強

日本にポピュリズムの不安はないか

花田吉隆 元防衛大学校教授

多党分立になっているドイツの政治

 さて、この一件をどう見るか。2点が重要だ。ポピュリズムがドイツの(州レベルにしても)政権形成にまで及んだこと、及び、ドイツの政治が多党分立になっていることだ。

 ポピュリズムの勢いは既に欧州全域にわたり、中には政権を担っているところもある。それでも、今回の件が人々の驚きを呼んだのは、あのドイツでもか、ということだ。言うまでもない、ドイツにはナチスの過去がある。極右には殊の外忌避感があった。そのタブーが破られたのが2017年の選挙で、AfDは一気に89議席を獲得、第三党に躍進した。背景に2015年の難民危機があった。それでも、政権形成への参画となれば次元が異なる。あのドイツですら極右が政治の一角を決める時代になったか、との驚きだ。ちなみに、連邦制のドイツでは、州は文化、教育、警察等絶大な権限を持つ。上院は州代表で構成されるのでこの意味でも州は日本と比べようもない大きな存在だ。

 ポピュリズムについては、この欄で何回も論じたので繰り返しは避けるが、(最近では、拙稿「ポーランド国民がなめる「アメ」の味」参照)、一言でいえば、社会に「不満」と「不安」が蔓延しているということだ。ポピュリストがそれを躍進のバネに利用している。不満の最たるものは格差であり、一方でいい目を見るエリートが幅を利かしているのに、自分達は底辺に滞留しているとの「見捨てられた」思いが煮えたぎる。冷戦後のグローバル化で一気にこの流れが進んだこともあり、反グローバル化、反エスタブリッシュメント、反EUの主張につながっていく。

 不安は、老後はどうなってしまうのか、というのが最も深刻なものだが、併せて、多くの移民難民が押し寄せ、自分たちの国が自分たちのものでなくなってしまう、との危機感もある。文化やアイデンティティーの問題だ。

 ポピュリズムの蔓延は、単に一部の扇動者が引き起こした一時的なものではない。扇動者は社会の変化を鋭敏に嗅ぎ取った。底流に潜む「社会の変化」こそがポピュリズム現象の本質だ。そうでなければこれだけ世界中に蔓延するわけがない。

 政党の多党化分立も欧州全域にみられる。政党がバラバラになり、小さなものが併存する現象だ。

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筆者

花田吉隆

花田吉隆(はなだ・よしたか) 元防衛大学校教授

在東ティモール特命全権大使、防衛大学校教授等を経て、早稲田大学非常勤講師。著書に「東ティモールの成功と国造りの課題」等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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