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トランプ再選は民主主義や世界秩序に負の影響をもたらす

インタビューシリーズ・トランプ時代の日米① グレン・S・フクシマ氏に聞く

三浦俊章 朝日新聞編集委員

 戦後日本のあり方を規定してきたのは、アメリカとの安全保障条約である。今年は、その日米安保条約が改定されて今日の形になってから60年。冷戦の時代にソ連の脅威に対抗してスタートした日米安保だったが、1989年の冷戦終結後も、中国の台頭、北朝鮮の核・ミサイル開発という新しい状況への備えとして、日本外交の基軸であり続けている。しかし、2017年のトランプ政権の出現で、状況は大きく変わった。「アメリカ第一主義」を掲げ、ことあるごとに日本の「フリー・ライド(安保ただ乗り)」を非難する大統領の登場は、何を意味するのか。アメリカはどこへ行くのか。日米安保はどうなるのか。

 このインタビュー・シリーズでは、日米の識者に、トランプ時代のアメリカ、そして日米関係の行方を読み解いてもらう。1回目は、1980年代に米通商代表部(USTR)で対日交渉責任者を務めた、米先端政策研究所上席研究員のグレン・S・フクシマ氏に聞いた。(聞き手 朝日新聞編集委員・三浦俊章)

米先端政策研究所上席研究員のグレン・フクシマさん=2020年2月14日、都内(三浦俊章撮す)

グレン・S・フクシマさん 米先端政策研究所上席研究員
1949年生まれ。カリフォルニア州出身の日系3世。スタンフォード大卒、ハーバード大ビジネススクールと同大法科大学院を修了。1985年から90年まで米通商代表部(USTR)で日本を担当。在日米商工会議所会頭、エアバス・ジャパン社長などを経て、2012年から現職。著書には大平正芳賞を受賞した「日米経済摩擦の政治学」など。

民主党は混戦のまま7月の党大会に突入する可能性も

――今年のアメリカ大統領選は、歴史を変える選挙ですね。アイオワ州の党員集会、ニューハンプシャー州の予備選が終わりました。これまでの結果をどう見ていますか。

 民主党の候補者争いには8人残っていますが、実際に指名を得る可能性があるのは6人で、二つのグループに分かれます。進歩派(プログレッシブ)は、バーニー・サンダースとエリザベス・ウォーレンの2人の上院議員。穏健派は、オバマ政権の副大統領だったジョー・バイデン、インディアナ州サウスベンド市長だったピート・ブティジェッジ、エイミー・クロブシャー上院議員、元ニューヨーク市長のマイク・ブルームバーグの4人です。

 意外に苦戦したのはバイデンです。初戦のアイオワ州で4位、ニューハンプシャーではさらに順位を下げて5位と、それ以前の一般の予想を裏切る結果だった。彼が強いとされる黒人票の多い2月29日のサウスカロライナ州の予備選でどれだけ取れるかが勝負です。さらに、カリフォルニア州やテキサス州などの大票田が含まれる3月3日のスーパー・チューズデーで良い結果がでなければ、指名は厳しくなる。

 ウォーレンは、隣のマサチューセッツ州が地盤なのに、そのわりにはニューハンプシャー州で票が取れませんでした。進歩派は、サンダースがリードし、穏健派はブティジェッジとクロブシャーが抜け出しているという構図です。ブルームバーグは、まだ予備選に参戦していないので今は予測困難です。

――今後の展開をどう予測していますか。

 スーパー・チューズデーを経て、たぶん2人か3人に絞られるでしょう。しかし、先頭走者がはっきりしないまま、7月の民主党大会に突入する可能性もあります。穏健派が恐れているのは、サンダースと彼の支持者の動きです。ヒラリー・クリントンと民主党の指名を争った2016年の予備選を思い出してください。サンダース陣営は、勝利の見通しがなくなっても、運動を止めなかった。住宅補助や公立大学の授業料無償化などの看板を下ろさず、訴え続けた。

 サンダースの支持者は、民主党の団結を優先しない。サンダースは、社会主義者を公言しており、過去にはソ連やキューバや中米を訪ねて、アメリカ批判を展開していました。本選挙では、こういう映像を共和党が攻撃に使うでしょう。サンダースが本選挙で強い候補とはとても言えないと思います。

バイデン氏が抱える二つの問題

――いっぽう穏健派はだれがリードするのか見えないですね。バイデン氏はだめですか。

 ふたつ問題がある。ひとつは民主党という政党の性格に由来する問題で、もうひとつはバイデン本人の問題だ。

 民主党が勝った過去の大統領選をみてみましょう。1976年のジミー・カーター、1992年のビル・クリントン、2008年のバラク・オバマ、いずれのケースも、ワシントンの政治には縁の薄いアウトサイダー、ニューカマーだった。カーターとクリントンは州知事、オバマは1期目の若い上院議員でした。民主党という政党は、若い人材、アウトサイダーを好むのです。

――バイデン氏は77歳、しかもワシントン政治にどっぷり使っていますね。

 本人の問題もあります。デラウェアという小さな州の選出で、実は厳しい大規模な選挙を戦ったことがない。過去2回大統領選予備選に出ていますが、わりと早く撤退している。資金を集め、粘り強く選挙を戦い続けた経験がないのです。

序盤で予想外の苦戦をしたバイデン前副大統領=2019年11月1日、党員集会で行われたアイオワ州の選挙集会(ランハム裕子撮す)

民主党に広がる危機感

――穏健派では、ブティジェッジ氏の健闘が光ります。ハーバード大学とオックスフォード大学卒、有名コンサルタントのマッキンゼー社勤務、海兵隊……。どこからみてもピカピカの経歴です。

 確かに優秀です。ゲイであることを公表しており、結婚相手が男性で、話題性があるので、マスコミは注目していますが、38歳と若く、人口10万人の市長では経験が浅い。たとえ民主党の中では評価されても、本選挙では中西部と南部の保守的な有権者の支持を得るのは、厳しいかも知れません。

 穏健派の中では、クロブシャー上院議員が、一番弱みが少ないと思います。これまで選挙で負けたことがない。外交の識見もある。59歳という年齢は、年を取りすぎてもいないし若すぎもしない。

――しかし女性だと、ヒラリー・クリントン氏の二の舞になりませんか。2016年の大統領選では、トランプは男性優位主義的な振る舞いを露骨に出し、攻撃しました。

 ヒラリーは1990年代のファーストレディの時代から政治の表舞台に長くいたことで、昔から共和党の執拗な攻撃を受けていた。クロブシャーには、そういうマイナスの材料が乏しい。そこが違いです。

――ここに来て、ブルームバーグの人気が上がっているようですが。

 私はブルームバーグが民主党の候補であれば、トランプ大統領に勝つ可能性があると思う。しかし、問題は彼が民主党の指名を得られるかどうかだ。これまで支持政党を変えてきた前歴や、ニューヨーク市長時代の人種問題への取り組みへの疑問もある。また、彼自身が億万長者であることを考えると、若者や黒人の支持を得られるでしょうか。

 知名度が高くて本命視されていたバイデンが票を取れず、一番政策アピール力を持つサンダースでは、本選挙を勝つ見通しがない。民主党は危機感を強めています。

長期的には日本にマイナスなトランプ政権

――日米関係への影響を伺います。安倍晋三首相は,大統領と良好な個人的関係を築こうと必死ですが、日本全体にとってトランプ政権はプラスですか、マイナスですか。

 国民の声と、自民党や財界など、いわゆるエスタブリッシュメントの評価は違います。日本で行われた各種の世論調査をみると、国民の3分2から4分の3は、トランプの再選はよくないと思っています。一方、日本のエスタブリッシュメントは、トランプの再選を望んでいるようです。いま付き合っている政権の持続性が好ましい。知っている人の方が知らない人より好ましいという判断でしょう。英語には、『知らない悪魔より知っている悪魔の方がましだ』ということわざがあります。

 また、政策面でみると自民党はビジネス志向ですから、大企業に減税し、規制緩和を進めるトランプ大統領の政策は、方向としては望ましい。たしかに、TPPや気候変動、イラン政策などでは、日米は対立していますが、外交面では日本にプラスの問題もある。中国が対日関係を改善してきたのは、米中関係が悪化したことも一因でしょう。

 安倍首相はロシアのプーチン大統領に接近しています。オバマ前大統領はこれを警戒しましたが、トランプ大統領は気にしていません。首相が最重要視する憲法改正でも、トランプ大統領は日本に大幅な防衛費増額を求めていますから、方向性としては改憲にプラスでしょう。

個人的関係は日本の国益に資するのか。日米首脳会談で握手する安倍首相とトランプ大統領=2019年9月25日、ニューヨーク(ランハム裕子撮す)

――トランプ大統領が実際に再選したら、日米関係はどうなりますか。

 大統領は、再選によって国民からお墨付きをもらったと考えて、好きなことができると自信を深めるでしょう。1期目は経済政策に集中しましたが、2期目は軍事や安全保障の分野に手を出す。米国内では軍事費を増強していますが、欧州やアジアでのアメリカの軍事的プレゼンスは削減するでしょう。海外駐在米軍の兵力を減らし、航空戦力や艦艇も減らす。日本にとってはよくない話です。

 トランプ大統領の主要な関心は、中国や北朝鮮が直接アメリカにどういう脅威を与えているかにあります。アメリカの安全保障さえ守られれば、あとは「日本と韓国が自分で対処しろよ」となるでしょうね。2期目のトランプ大統領は、アジア・太平洋における軍事プレゼンスの縮小を真剣に考えると思います。そもそもトランプ大統領の日本観は、彼が若き不動産王だった1980年代と変わっていないのです。

――日本経済が最強で、「日本たたき」の嵐がアメリカで吹き荒れていた頃ですね。

 トランプ大統領はこういう考え方です。第一に、日本は我々の職を盗んだ。第二に、日本は輸出だけする。第三に、アメリカ製品・産物を輸入しない。第四に、不正な為替操作をしている。第五に、日米安保は防衛費のただ乗りだ。

 トランプ大統領は、昔のインタビューの中で、「日本人は賢い。アメリカに輸出して、もうけた金で不動産を購入し、防衛はアメリカに任せている。アメリカにつけ込んでいる。アメリカは三重苦だ」。それが基本的な考え方なのです。だから、「そういうことを許したアメリカの過去の政治主導者と官僚が悪い。だからアメリカは政策を変えねばならない」という結論になります。

共和党はなぜ「トランプの党」になったのか?

――ひとつ疑問があります。二大政党のひとつで長い歴史を持つ共和党が、すっかり「トランプの党」になったのは理解しがたいのですが。

 2016年の大統領選挙の年、トランプは共和党を攻撃し、当時は共和党内からも強いトランプ批判はありました。しかし、大統領になってからは、議会の共和党はほぼトランプ一色です。なぜこうなったか。肯定的な理由と否定的な理由があります。

 肯定的な理由は政策です。共和党議員は、個人としてのトランプ大統領を嫌っているかもしれませんが、大統領の政策は共和党が望むことを実現しています。

 第一に減税です。金持ちと大企業を優遇する減税は、共和党の政策です。第二に規制緩和。エネルギー分野、環境規制の緩和、そして金融の規制緩和。これも共和党が望む政策です。第三にオバマ大統領が導入した医療保険改革(オバマ・ケア)をできるだけ解体すること。共和党は、オバマ・ケアを社会主義政策と考えています。第四に移民の制限。第五に、これがきわめて重要ですが、最高裁判事をはじめ、連邦裁判所の判事に保守派を指名すること。トランプ大統領は、保守派の法律家の団体である「フェデラリスト・ソサイエティ」の推薦する判事を任命しています。

 定員9人の連邦最高裁は、オバマ時代はリベラル派と保守派で4対4に割れ、問題ごとに態度を決める中間派が1人いたのですが、トランプ大統領の1期目に2人が交代して、保守派が5対4で多数派になった。最高裁判事の任期は終身なのですが、リベラル派で高齢の判事が2人いますので、2期目には保守派が7対2になる可能性がある。そうすると、銃規制、中絶、同性愛、公民権、選挙資金など社会的に重要な問題で、共和党に有利な判決が下されるでしょう。その影響は長期にわたり、甚大です。

 共和党が「トランプの党」になった、もうひとつのネガティブな理由は、恐怖心です。大統領を批判したら、ツイッターで攻撃され、次の選挙で対抗馬を立てられる。トランプの支持率は、決して50%を超えません。歴代の大統領と比べても低い。しかし、40%の底堅い、熱烈な支持者がある。大統領を批判すると、共和党議員としては生き残れないのです。

分裂を深めるアメリカ。熱狂するトランプ大統領支持者たち=2019年7月17日、ノースカロライナ州グリーンビル(ランハム裕子撮す)

それでも私がアメリカの未来に希望を持つ理由

――11月の大統領選挙を予測していただけませんか。

 サンダースが指名されれば、トランプ再選の確率は高い。穏健派の候補が、特にクロブシャーかブルームバーグが指名されれば、ホワイトハウス奪還の可能性はあると思う。

 しかし、秋の選挙の結果にかかわらず、私は長期的にはアメリカの未来に楽観的です。ひとつは人口動態です。2045年には白人はマイノリティーになります。ヒスパニック系、アジア系、アフリカ系アメリカ人など非白人は、進歩的な見方、リベラル派が多い。さらに、若いミレニアル世代は、銃規制、気候変動、自由貿易、移民、LGBT、あらゆる問題でトランプと反対で、リベラルな政策が多数派です。トランプが再選されようがされまいが、長期的には流れは変わらず、アメリカは世界に開かれた国であり続けると期待しています。

 しかしそれでも、トランプ再選は望ましくないのです。再選がもたらすアメリカのデモクラシーや世界秩序への負の影響が大きいからです。それは、防がねばなりません。

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