野球人、アフリカをゆく(23)取られたら取り返すシーソゲームの末……
2020年02月22日
<これまでのあらすじ>
かつてガーナ、タンザニアで野球の普及活動を経験した筆者が、危険地南スーダンに赴任した。首都ジュバ市内に、安全な場所を確保して、仕事の傍ら野球教室を始める。アメリカで高校野球を経験した南スーダン人ピーターがコーチとして加わり、徐々にレベルも向上。元難民でウガンダの教育を受けた野球経験者ウィリアムも加わり、チームの厚みも増した。いよいよ初めての対外試合に臨む。
薄い水色の空に浮かぶいくつもの雲が、時々陽ざしを遮ってくれる。そのせいか、いつも白く光ってまぶしいグラウンドが、今日は幾分落ち着いたベージュ色に見える。
「そこ、もうちょい左。もっとピンと張って!」。ホームベースの後ろに腰を下ろしているユニフォーム姿の私が、早く来た何人かの選手たちにメジャーの端を持たせ、指示を出す。
「ジオン、メジャーはホームベースの角を起点にして測るんだ。そして、ダイヤモンド(野球場のホームベースと他の3つの塁に囲まれた区域)は正方形だから、角度は正確に90度で一塁側と三塁側に線を引いて」
うなづきながら私の指示を聞いているキャプテンのジオンのところに、コーチのピーターが「さあ、ホワイトパウダーを持ってきたぞ」と大きな石灰袋をどさりと置いた。「まずはダイヤモンドの下書きを木の枝を使って描くんだ。そのあとに石灰で上書きするんだぞ」という私の指示にうなづくジオンに、あらかじめ半分にカットしたペットボトルを渡す。「これに石灰を入れてきれいに描いていくんだ」
何人かの選手で初めてダイヤモンドを石灰で描いている間、ピーターとウィリアム両コーチは他の選手たちを引き連れてグラウンドの奥の方に置いてあったベンチを運んできた。
初めての対外試合。それはすなわち、試合の準備をすることも初めてということだ。選手たちは、慣れない手つきで、褐色の手を真っ白に汚しながら、バッターボックスや塁間の白線を一生懸命描いていった。一塁側と三塁側それぞれにベンチも設置され、ネックストバッターズサークルも不器用な形の円形で描かれ、野球場の雰囲気が出てきた。
選手たちがウォーミングアップを始め、全員揃ってランニングやストレッチ体操を行っている頃、在留邦人チーム「南スーダンオールジャパン」のメンバーがほぼそろってきた。南スーダン野球団のメンバーを見ながら、「意外とちゃんとしているなあ」「なんか強そうだぞ」と言った声が上がる。
南スーダン野球団メンバーがキャッチボールを始めると、オールジャパンチームもグラウンドに出て、思い思いにウォーミングアップやキャッチボールを始める。こちらは平均年齢が南スーダン野球団選手の軽く倍以上(推定)。みなさん、笑顔を見せながら大人の風格を醸し出している。
ある程度準備が整ったところで、輪になって集まっている日本人チームに、私は挨拶がてら乗り込んでいった。
「本日はお集りいただき、ありがとうございます!昨日のランチ会でも申し上げたのですが、怪我をしないで、でも、フリだけでもいいので、一生懸命プレーしてください。彼らはまだ試合ができるようになって数カ月。ルールもまだ十分わかっていません。盗塁もパスボール(捕逸:キャッチャーがボールを捕り損なってしまい、走者を進塁させること)もなしでお願いします」とお願いとローカルルールを伝えた後、最後に付け加えた。
「いうまでもないことですが、もちろん勝ってくださいね。それも大差で。万が一彼らが初めての試合で勝ったりしたら、野球を舐めてしまいますから」。ニコニコしながら言ったつもりの私だが、たぶん目は笑ってなかったと思う。
気づけば、試合開始の13時30分が迫っていた。合同で試合前ノックをやりたかったがそれは割愛して試合を始めることにした。審判役のイマニこと今井史夫に「予定開始時刻になりそうなので、ベンチ前に整列させましょう」と声をかけた。
ん、何かがおかしい? ふと見ると、選手たちがホームベースから一塁ベースへのライン上に並んでしまっている。オールジャパンチームはきちんと並んでいるのに、なぜそれに気づいて合わせないのか……。
「ノー!ノー!いつもと同じように、相手チームに正対して並んで!」と叫ぶ私。審判のイマニからも注意され、おずおずと並び直す選手たち。
だめだ。完全に舞い上がっている…。
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