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韓流と「反日」と政治の微妙な関係を解剖する

DJ古家正亨が語るウラオモテ(中)

市川速水 朝日新聞編集委員

 ラジオDJとして韓流を初めて日本で本格的に紹介し、今も韓流解説の第一人者としてDJやコンサート、ファンミーティングのMC(司会)、ジャーナリストとして語り続けてきた古家正亨(ふるや・まさゆき)さん(45)に「韓流ブームと日韓関係」について聞いた『パラサイト、BTS…古家正亨が語る「世界の韓流」』に続くインタビュー。2回目の今回は「韓流に潜む深い闇」がテーマだ。

李明博政権下で「どん底」に

――韓流を伝え続けて20年の間、レギュラーのDJやMCの数に相当、変動がありましたか?

 「一番レギュラー番組が多かったのは、女性グループ『KARA』が全盛の時、2012年ですね。週に8本ぐらい、テレビとラジオのレギュラー番組がありました。2010年にKARAと『少女時代』が上陸して以降、メディアが『K-POP、K-POP』と騒ぎ始めて、大きな波が生まれたという感じでしょうか。翌11年からメディアの仕事が一気に増えたわけです。

拡大K-POPブームに火を付けたKARA=2011年8月

 この二つのグループのビジネス的な成功を受けて、当時、韓国で人気があった、ほぼすべてといっていいアイドルグループが男女問わず『日本進出』を合言葉に日本に上陸し始め、コンサートやイベント、日本でのCDデビューが繰り広げられたわけです。

 テレビのワイドショーは朝から晩まで韓流を取り上げ、スターが来日するたびに、羽田空港や成田空港にファンが殺到して大混雑。すごい時代でした。

 韓流スターのメディアへの露出が増えたことで、僕自身もイベントのMCの仕事も増え、多い時で月に20本ぐらいの時もありました」

――盛り上がりはいつまで続いたのでしょう

 「この盛り上がり自体は、長くは続きませんでした。李明博(イ・ミョンバク)大統領が政権末期(2012年8月)に竹島(韓国名・独島)に上陸し、続いて天皇陛下に謝罪を要求する発言をしたのを機に、日本のメディアが一気に韓流から手を引いた状態になりました。

 僕が担当していた番組もどんどん終わっていったんです。2013年~14年には、韓流関連のメディアの仕事がラジオ1本だけという時期もあったほどです。

 番組が減った根本的な理由は、メディア自体が日本国内の反韓の動きを察知して韓国エンターテインメントの露出を極端に控えるようになったことにあります。『こんな状況で、なに韓流、韓流って言っているんだ』と。ただ、どちらかというと、視聴者の声よりも、メディア自身の自粛という言い方が適しているかもしれません。

 その前にも一時期(2011年夏~12年)、フジテレビの韓流枠が多すぎると抗議する市民デモがありましたよね。あの時から、僕もこういう仕事をしていながら言うのもおかしいかもしれませんが、あまりにもメディアが韓流を盛り上げすぎ、騒ぎすぎていた気がするのです。

 もちろん韓流はそれなりの地位を得たわけですが、あくまでサブカルチャーとしてなのです。ファン層も限定されていましたし、実質的には『冬ソナブーム』であり、『ヨン様ブーム』だった。そこから派生してほかの俳優や番組に興味を持った人もいましたが、限られていました。

 実際に長く現場に携わった側から見ると、むしろ今、2020年の方が本当の韓国ブームだと思うぐらいです」

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筆者

市川速水

市川速水(いちかわ・はやみ) 朝日新聞編集委員

1960年生まれ。一橋大学法学部卒。東京社会部、香港返還(1997年)時の香港特派員。ソウル支局長時代は北朝鮮の核疑惑をめぐる6者協議を取材。中国総局長(北京)時代には習近平国家主席(当時副主席)と会見。2016年9月から現職。著書に「皇室報道」、対談集「朝日vs.産経 ソウル発」(いずれも朝日新聞社)など。

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