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小沢一郎戦記(完)~ポスト安倍時代を見据えて

(36)小沢一郎が安倍政治を語る・下

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

 国民全体が世界的な感染症拡大に脅える2月29日午後6時、安倍首相は記者会見に臨んだ。しかし、首相の見詰める先は左右に置かれたプロンプターだけ。幹事社の質問の後、受け付けた質問は5問だけで実質的な質疑時間はわずか10分だった。

 最後は、まだ10人ほど質問の手が挙がっていたが、「予定した時間がまいりました」という司会役の声とともに終了。「総理は質問に答えないんですね」という女性記者の声を振り切って会見場を後にした。

 会見の総計時間は約35分。プロンプターに回答が書かれた想定質問以外は受け付けない考えだったのだろう。

 その日の深夜になって出た通信社の「首相動静」を見ると、会見場を後にした安倍首相はすぐに車に乗り込み、自宅へと直接帰った。国民の渦巻く疑問に答えるよりもプライベートの時間を優先したわけだ。

拡大記者会見で新型コロナウイルス対策として全国の小学校、中学校、高校、特別支援学校に対する臨時休校の要請などについて説明し、国民に対し協力を呼びかけて頭を下げる安倍晋三首相=2020年2月29日、首相官邸

 安倍首相はかつて「悪夢のような民主党政権」と口癖のように言っていたが、私は、未曾有の大震災と原子力災害という巨大惨禍に対してギリギリまで真摯に対応していたように思う。私は菅直人元首相に対してはかなり批判的だが、震災については人間として可能な対応を尽くしたと考えている。

 それに比べて、今回の安倍政権の対応はいかにも怠惰だ。コロナ禍が急襲した当初、安倍首相が「春節訪日歓迎」のメッセージを中国向けに発していたことが象徴例だ。

 冒頭の記者会見にしても、民主党政権が続き、この連載の主人公、小沢一郎が首相であれば、首相会見に続いて厚生労働相や文部科学相など関係閣僚が各論の会見を引き継ぎ、より精しい情報を国民に提供していたことだろう。

 しかし、仮定の話を続けていてもあまり意味はない。

 細川護煕連立政権から民主党政権を経て現在の安倍政権に至る歴史を少し長い目で眺めてみるとどういうことになるのだろうか。

 政治改革への努力を続けてきて、途中に民主党政権の大きい失敗と国民的な失望感があった。その後、政治改革の努力などまるでなかったかのような安倍政権の歴史の逆戻りの時代が続く。

 安倍政治は、政権内部にうち続く醜聞とコロナウイルス禍に対する対応の不手際によって、到底抜け出せそうもない袋小路に陥っているが、この先の時代に来る政治はどういう形のものだろうか。

 今われわれは岐路に立っている。安倍政治のあと、良識のある日本国民は、後退し続けた安倍政治の負の遺産にもめげず、また新しい政治の模索の道に立つことができるのか。

 それとも、戦前に回帰したかのような安倍政治をそのまま生き永らえさせ、アナクロニズムに満ちた暗黒政治に陥っていくのか。

 暗黒政治を選択した場合、その社会では、ほとんど息を吸い込む空気さえ薄く感じることだろう。

 そして、その岐路に立って、全力で転轍器を動かそうと努力している人間群が存在する。その中心にいる小沢一郎の一挙手一投足を人々は注目している。

 最終回となる今回の「小沢一郎戦記」に、第2回で引用した近代スペインの哲学者オルテガの言葉を再び引いてみたい。

 生というものは、われわれがその生の行為を不可避的に自然的な行為と感じうる時に初めて真なのである。今日、自己の政治的行為を不可避的な行為と感じている政治家は一人もいない―(略)―不可避的な場面から成り立っている生以外に、自己の根をもった生、つまり真正な生はない。(オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』ちくま学芸文庫)

 「不可避的な場面から成り立っている生以外に、自己の根をもった生、つまり真正な生はない」

 このような「生」を生きる日本の現代政治家の第一人者は小沢一郎だろう。小沢は日本政治の「改革」とともに生きている。

 その小沢が学生時代以来最も強い関心を抱いてきた憲法問題から質問を始めた。


筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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