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トランプに投票しなかった共和党の外交安保専門家たち

第1部「権力の掌握―ヘドロをかき出せ」(1)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 アメリカ・ファーストの外交は、トランプ大統領の強固な政権基盤によって成り立っている。ワシントン政界のアウトサイダー、トランプ氏がどのように「エスタブリッシュメント(既得権益層)」とみなす外交安保の専門家たちを政権から追い出し、アメリカ・ファーストの政策実現に向けた環境を整えたのか。トランプ氏が自身の権力基盤を固めていく過程を検証する。

ネバー・トランプ・リパブリキャンズ

 2016年3月1日、トランプ氏は米大統領選の共和党候補者選びの最大の山場であるスーパーチューズデーで圧勝し、候補者指名獲得に大きく前進した。

 その翌2日、米国の外交安全保障専門情報ウェブサイト「WAR ON THE ROCKS」に、共和党系の外交安全保障専門家122人による公開書簡が掲載された。

 「我々はドナルド・トランプ氏が大統領になることに反対することで団結している(WOTR STAFF. “OPEN LETTER ON DONALD TRUMP FROM GOP NATIONAL SECURITY LEADERS.” WAR ON THE ROCKS 2 March 2016.)

 書簡では、トランプ氏が大統領選挙中に繰り返しているテロ容疑者に対する拷問容認発言、反イスラム的言動、メキシコとの国境の壁建設、ロシアのプーチン大統領に対する賛辞を批判し、「我々は大統領職に全く不適格な人物が選ばれることを阻むため、精力的に取り組むことを誓う」と強調した。

共和党全国大会で指名受諾演説をするトランプ氏=2016年7月21日、オハイオ州、ランハム裕子撮影

 それから約5カ月後、トランプ氏が共和党全国大会で大統領候補に正式に指名されて20日ほど経った8月8日。米紙ニューヨーク・タイムズを通じ、共和党系の外交安全保障問題専門家の50人が「我々はだれ一人としてドナルド・トランプ氏に投票しない」と宣言した新たな公開書簡を発表した(“A Letter From G.O.P. National Security Officials Opposing Donald Trump.” The New York Times 8 August 2016.)。署名欄に並んだのは、比較的若手の専門家が多かった前回とは異なり、今回は共和党のニクソン政権からG・W・ブッシュ政権で要職を務めたそうそうたる顔ぶれの元政府高官たちだった。

 マイケル・ヘイデン氏(元中央情報局〈CIA〉長官、元国家安全保障局〈NSA〉長官)、ジョン・ネグロポンテ氏(元国家情報長官)、ロバート・ゼーリック氏(元世界銀行総裁)、トム・リッジ氏(元国土安全保障長官)、マイケル・チャートフ氏(同)、エリック・エデルマン氏(元国防次官)、知日派として知られるマイケル・グリーン氏(国家安全保障会議〈NSC〉アジア上級部長)――。「WAR ON THE ROCKS」の署名者数の半分に満たないが、ワシントン政界に与えた衝撃は前回をはるかに上回るものだった。

 書簡には「トランプ氏には大統領・最高司令官となる資質はない」と厳しい批判の言葉が並ぶ。

「トランプ氏は大統領になるための性格、価値観、経験を欠いている。彼は自由主義陣営の指導者として米国の道徳的な権威を弱める」
「トランプ氏は米国の重要な国益、複雑な外交上の問題、米国にとって欠くことのできない同盟国、そして米国の外交政策が基づかなければならない民主的な価値観についてほとんど理解していない。同時に、彼は一貫して我々の敵国を賛辞し、我々の同盟国や友好国を脅している」
「彼は真実とウソを区別することができないか、または区別することに消極的だ。彼は自分と異なる考え方を受け入れない。彼は自制心に欠け、衝動的に行動する。彼は自分に向けられた批判を容認することができない。彼は奇抜な行動によって我々の最も関係の深い同盟国に警戒感を与えている。これらはすべて米国の核兵器使用の命令権限をもつ大統領・最高司令官になることを目指す人物にとって危険な資質である」

 書簡では最後に「(トランプ氏は)オーバル・オフィス(大統領執務室)で米国の歴史上、最も無謀な大統領となるだろう」と警告した。先の「WAR ON THE ROCKS」と合わせ、二つの書簡のうち少なくともどちらかに署名した専門家の数は計149人にのぼった。のちに「ネバー・トランプ・リパブリキャンズ(共和党系の非トランプ派)」と呼ばれることになる。

公開書簡の仕掛け人

 米紙ニューヨーク・タイムズで発表された二通目の公開書簡の仕掛け人であり、文章を起草したのが、G・W・ブッシュ政権でNSC法律顧問を務めたジョン・べリンジャー氏だ。ワシントン政界では共和党のみならず、民主党からも優秀な法律家として敬意を集めている人物である。

 ベリンジャー氏によれば、トランプ氏が共和党候補者指名争いで首位を走り続けていた2016年春、共和党政権で外交安保関連の要職に就いた経験のある元当局者たちは懸念を募らせていたという(ジョン・ベリンジャー氏へのインタビュー取材。2020年1月27日)。トランプ氏の訴えは、共和党政権が長年重視してきた自由貿易、民主主義、同盟国といった価値観とは矛盾するものだったからだ。

 そんな思いを抱いていたベリンジャー氏のもとに、一通目となる公開書簡への署名協力が送られてきたが、「忠実な共和党員」という一文があったため、署名を見送った。

 「すでにその時点で、私は自分を『共和党員』と言うことがもはや難しくなっていたと感じていた。共和党は我々がかつて守ってきた価値観をすでに守っておらず、私は共和党がどこへ向かうのか懸念していたからだ」

 ただ、ベリンジャー氏自身も一人で懸念しているだけではなく、何かしらまとまったグループとして行動を起こさなければいけないと考えていた。

ワシントンの法律事務所でインタビューに答えるジョン・べリンジャー元NSC法律顧問、ランハム裕子撮影

 2016年夏、ブッシュ政権の元政府高官数人に声をかけ、「我々は個々人ではなく、集団で何らかの意見表明をする必要がある」と伝え、「もし私が皆の抱える懸念を書簡としてまとめれば、署名してくれるか」と尋ねると、すぐに数人から「署名する」という返事があったという。

 ベリンジャー氏によれば、この二通目の公開書簡が一通目と異なるのは、署名者を閣僚や政権幹部としてホワイトハウスで大統領と直接一緒に働いた経験がある人物に限ったという点にあるという。

 ベリンジャーは「我々は大統領がどのような資質が求められるかも知っている。我々は大統領のすぐそばで働き、大統領の抱えるストレスも見てきた」と語る。ベリンジャー氏自身、2001年に起きた米同時多発テロ(9.11)が発生した際もホワイトハウスにおり、その直後の混乱状況の中でG・W・ブッシュ大統領と一緒に働き、その時の状況を克明に覚えている。

 「私はブッシュ大統領がその時、どのようなストレスにさらされたかを知っているし、より良き大統領になるためには何が必要なのかも知っている」と語り、こう強調した。

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