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トランプ、ツイッター更迭劇の狂乱

第1部「権力の掌握―ヘドロをかき出せ」(2)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 アメリカ・ファーストの外交は、トランプ大統領の強固な政権基盤によって成り立っている。ワシントン政界のアウトサイダー、トランプ氏がどのように「エスタブリッシュメント(既得権益層)」とみなす外交安保の専門家たちを政権から追い出し、アメリカ・ファーストの政策実現に向けた環境を整えたのか。トランプ氏が自身の権力基盤を固めていく過程を検証する。

政権入りは149分の1

 ジョン・ベリンジャー元NSC法律顧問の起草した公開書簡が発表されると、トランプ大統領は激しく反応する。発表と同じ日の2016年8月8日に反論の声明を発表し、「(公開書簡の署名者は)世界をこんなに危険な場所に変えたと批判されるべき人々だ。彼らは失敗したワシントンエリート以外の何者でもない」と非難した(Bradner, Eric, Labott, Elise and Bash, Dana. “50 GOP national security experts oppose Trump.” CNN 8 August 2016.)。さらに翌9日には、米FOXビジネスとのインタビューで、こう宣言した。

 「(彼らは)ワシントンのエスタブリッシュメントだ。彼らがいかにひどい仕事をしたか見てみれば良い。私はこれらの人々のだれ一人として使う計画はない」(Bobic, Igor. “Donald Trump Responds To Critical Letter Signed By 50 Republican National Security Officials.” HuffPost 9 August 2016.)

 署名者の一人、マイケル・グリーン元NSCアジア上級部長のもとには大統領選が終わって次期政権への移行期間中、トランプ氏の娘婿のジャレッド・クシュナー氏が公開書簡のリストを手にして「彼らが仕事を得ることはない。我々は彼らをめちゃくちゃにしてやる」と語った、という話が伝わってきた。トランプ氏の支持者からも「おまえはめちゃくちゃにされるだろう」というメールが相次ぎ、グリーン氏ら公開書簡に署名した人々は連邦税を管轄する米国の内国歳入庁(IRS)による税務調査が入るなど「最悪の報復」が取られることまで想定したという(マイケル・グリーン氏へのインタビュー取材。2020年2月20日)。

 トランプ氏は就任後、公開書簡に署名した人々に、徹底した人事上の報復措置を取った。共和党政権であれば、本来は政権入りする可能性の高いこれらの人々を候補者から排除。この結果、公開書簡に署名した149人のうち、政権入りしたのは、米国務省のシリア問題特別代表になったジェームズ・ジェフリー氏(元大統領副補佐官)のたった一人だけとなった。

 トランプ氏は選挙期間中に「Drain The Swamp(ヘドロをかき出せ)」というスローガンを使っていた。首都ワシントンを政治家や官僚らエスタブリッシュメントたちという「ヘドロ」が巣くう沼地とみなし、そのヘドロを一掃することで政治とは直接関わりのなかった一般の人々の手に政治を取り戻すという意味だ。

 二つの公開書簡を逆手にとって署名に応じた歴代政権の外交安保の専門家たちを政権から締め出すことができ、公開書簡はトランプ氏にとって渡りに船だったともいえる。

トランプ氏が共和党候補者指名を受けた共和党全国大会=2016年7月21日、オハイオ州クリーブランド、ランハム裕子撮影

 とはいえ、本来は政権に入るべき人たちが入らなかったことで、二つの問題点が生じた。

 一つ目は、政権内の外交安保の専門家が極めて手薄の状態となったという点だ。これまでの歴代政権では専門家が就いていた要職に専門外の人物が任命されたり、要職が空席のまま放置されたりするケースが相次いだ。この結果、トップのトランプ氏が衝動的な決断を繰り返す傾向が強まり、外交安保政策を実際に動かす官僚機構が機能不全に陥ったり、政策が一貫性を欠いて迷走したりするケースが出てきた。

 二つ目は、共和党主流派の「頭脳」が政権内に入らなかったことで、トランプ政権の外交政策は共和党主流派の考え方とは異なる性格を強めたという点だ。共和党主流派は米国が国際社会と積極的に関わる国際主義、同盟国との関係を大事にする同盟重視、自由貿易主義、自由や人権といった民主主義の価値観を世界に広めることに積極的だ。一方、トランプ政権ではこれとは反対に、国際協調を嫌う孤立主義、同盟軽視、保護貿易主義、専制国家指導者に対する親近感が目立つようになる。これらの多くが公開書簡で指摘されていた問題点だった。

 例えば、公開書簡の言及した核兵器の部分に関しても懸念は現実のものとなった。大統領に就任したトランプ氏は米朝関係の緊迫が続く2018年1月、「私の核ボタンは彼(北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長)のものよりもずっと大きく、もっとパワフルであり、私のボタンは機能する」とツイートし、核兵器を使う可能性を示唆した。

 ベリンジャー氏は「核兵器について冗談めいたものの言い方をするなんて今までの大統領ではあり得なかった。それがどんなに危険なことか知っていたからだ。結果的に『核兵器使用の命令権限をもつ』という文章を挿入するべきだと言った人の主張の方が正しかったことが証明された」と語る(ジョン・ベリンジャー氏へのインタビュー取材。2020年1月27日)。

相次ぐ閣僚更迭

 トランプ氏は2017年11月の大統領選で当選すると、ホワイトハウスの要職である大統領首席補佐官にラインス・プリーバス氏(共和党全国委員長)、大統領首席戦略官にスティーブン・バノン氏(選挙対策最高責任者、右派系ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」元会長)、大統領報道官にショーン・スパイサー氏(共和党全国委員会広報担当)、大統領補佐官(国家安全保障担当)にH・R・マクマスター氏(陸軍中将)(※初代大統領補佐官のマイケル・フリン元国防情報局長は「ロシア疑惑」への関与で17年2月に更迭)、国務長官にレックス・ティラーソン氏(米石油大手エクソンモービル会長兼最高経営責任者)、国防長官にジェームズ・マティス氏(元海兵隊大将)という陣容を整えた。

 ワシントン政界ではエスタブリッシュメント批判を展開してきたバノン氏が新設された大統領首席戦略官という政権中枢のポストに就くことに強い警戒感があった。しかし、首席補佐官に就任したプリーバス氏は共和党主流派との太いパイプをもつことから政権と党の橋渡し役が期待された。

 国務長官のティラーソン氏は外交・行政経験はないものの経済界で成功を収めた大物経済人で、国防長官のマティス氏も「戦う修道士」「狂犬」という異名をもち米軍内で尊敬を集める軍高官。大統領補佐官のマクマスター氏もベトナム戦争の失敗を検証した著書もある戦略家として知られており、これらの人々は政界関係者から一目置かれる人材であった。

シンクタンクで講演するティラーソン国務長官=2017年12月12日、ワシントン、ランハム裕子撮影

 しかし、トランプ氏は自身が指名した政権幹部との間でも次第に対立を深めることになる。例えば、ティラーソン氏は各国との協力を重視する国際協調派だったため、イラン核合意やパリ協定からの離脱など国際社会にける合意をほごにし続けるトランプ氏と確執を深めていった。

 ホワイトハウスと国務省の関係は険悪化の一途をたどり、国務省の外交官たちを取り巻く環境も悪化する。2017年当時、北朝鮮政策特別代表を務めていたジョセフ・ユン氏によれば、北朝鮮問題をめぐってもティラーソン氏は対話による解決を図ろうとする一方、ホワイトハウスは軍事的選択肢も含めて強硬姿勢を取り、「(両者は)激しく衝突していた」と回顧する。

 ユン氏は2018年2月に「個人的な理由」で辞任したが、その理由について「我々国務省の意見は(ホワイトハウスに)聞いてもらえなかった。私はこれ以上(仕事を続けることは)無理だと思った」と語り、自身の辞任の背景にはホワイトハウスと国務省の対立があったことを明らかにした(ジョセフ・ユン氏へのインタビュー取材。2018年8月29日)。

インタビューを応じるジョセフ・ユン前北朝鮮政策特別代表=2018年8月29日、ワシントン、ランハム裕子撮影

 ユン氏の辞任から約2週間後の3月13日、トランプ氏は自身のツイッターで突如、ティラーソン氏を解任し、後任にCIA長官のポンペオ氏を充てる人事を発表した。

 トランプ氏による政権幹部の更迭はティラーソン氏にとどまらない。前述の主要な役職だけをみても次のようなめまぐるしい人事が行われることになる(代行を含む)。

大統領首席補佐官 ラインス・プリーバス氏(17年7月、解任)→ジョン・ケリー氏(19年1月、解任)→ミック・マルバニー氏(20年3月、解任)→マーク・メドウズ氏(同、就任)
大統領首席戦略官 スティーブン・バノン氏(17年8月、解任)。その後空席
大統領報道官 ショーン・スパイサー氏(17年7月、解任)→サラ・サンダース氏(19年7月、退任)→ステファニー・グリシャム氏(同、就任)
大統領補佐官(国家安全保障担当) マイケル・フリン氏(17年2月、解任)→H・R・マクマスター氏(18年4月、解任)→ジョン・ボルトン氏(19年9月、解任)→ロバート・オブライエン氏(同、就任)
国務長官 レックス・ティラーソン氏(18年3月、解任)→マイク・ポンペオ氏(同年4月、就任)
国防長官 ジェームズ・マティス氏(19年1月、解任)→パトリック・シャナハン氏(同年6月、辞任)→マーク・エスパー氏(同年7月、就任)

 トランプ氏が更迭劇で用いる手法の最大の特徴は、突然のツイッター辞令にある。

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