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「ネバー・トランプ」を表明したエリートたちのその後

第1部「権力の掌握―ヘドロをかき出せ」(4)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 アメリカ・ファーストの外交は、トランプ大統領の強固な政権基盤によって成り立っている。ワシントン政界のアウトサイダー、トランプ氏がどのように「エスタブリッシュメント(既得権益層)」とみなす外交安保の専門家たちを政権から追い出し、アメリカ・ファーストの政策実現に向けた環境を整えたのか。トランプ氏が自身の権力基盤を固めていく過程を検証する。

トランプ独裁の完成

 米シンクタンク・ブルッキングス研究所の調査によれば、大統領首席補佐官や大統領補佐官(国家安全保障担当)、大統領特別補佐官などホワイトハウスを中心とする65の要職の離職率は2020年3月現在、82%に達している(Tenpas, Kathryn Dunn. “Tracking turnover in the Trump administration.” The Brookings Institution March 2020.)。

 政権発足以来、5人中4人以上が離職したことになる。レーガン大統領以来の歴代政権と比べても、歴代最高の離職率となる。国務長官や国防長官ら閣僚に限定しても、すでに10人が離職し、こちらもレーガン政権以来、歴代最高の人数だ。

 トランプ大統領がこれだけ頻繁に人事を行えば、おのずとトランプ氏への権力の集中化が進む。政権内におけるトランプ氏の独裁ぶりを印象づけたのが、米ABCニュースが2020年6月に放映したトランプ氏への密着ドキュメンタリーの一場面だ。

 この番組は米ABCニュースのチーフアンカー、ジョージ・ステファノポラス氏が30時間にわたってトランプ氏に密着取材したものだが、ホワイトハウスでのインタビュー中にこんなやりとりがある。

 トランプ氏が質問を受ける形でテレビカメラの前で身ぶり手ぶりを交えて熱心に話している途中、だれかが咳をする音が聞こえた。すると、トランプ氏は話をやめ、「もう一回撮り直そう。私が答えている途中で彼が咳をした」と後ろの席で他のスタッフとともに控えていたマルバニー大統領首席補佐官代行を指さし、眉間にしわを寄せて極めて不愉快そうな顔でこう言い放った。

 「咳が出るなら、この部屋から出て行ってくれ」

 大統領首席補佐官はホワイトハウススタッフのトップに立つ要職である。しかし、トランプ氏にとってみれば、政府高官であろうが閣僚であろうが、「社長と部下」の主従関係に過ぎない。自身がニューヨークで行ってきた不動産会社の経営と、職員数200万人にのぼる米政権の運営のあり方に大きな差を感じていないとみられる。

共和党全国大会で大統領候補者の正式指名を受けて演説するトランプ氏=2016年7月21日、オハイオ州クリーブランド、ランハム裕子撮影

  マルバニー氏は2020年3月、解任。後任には、共和党内で自身に最も近いマーク・メドウズ下院議員を起用した。

 更迭されたボルトン氏の言動はネオコンの筆頭格として過激なものではあったが、トランプ氏の意見に異論を差し挟むブレーキ役を果たしていたのも事実である。とくに北朝鮮問題をめぐってはトランプ氏が正恩氏と安易な妥協をすることを防いでいた経緯がある。

 ティラーソン国務長官やマティス国防長官ら、トランプ氏に異論を差し挟んできた「うるさ型」の閣僚たちが次々と更迭され、最後に残るのはポンペオ氏らイエスマンばかりになったといえる。

 トランプ氏は政権発足時、自らがワシントンの「ヘドロ」とみなした外交安保専門家を徹底的に排除し、政権発足後は自らと意見対立した閣僚らの首切り人事を断行し続けた。その結果、トランプ氏は、政権内の権力を完全に掌握し、アメリカ・ファーストの実現を目指す独裁体制を完成させたといえる。

「政治信条の異なる彼の政権に入ることはない」

 2016年大統領選中に公開書簡でトランプ氏を批判し、政権から排除されたネバー・トランプ・リパブリキャンズ(共和党系の非トランプ派)。

 その公開書簡を起草したジョン・ベリンジャー元NSC法律顧問は現在、首都ワシントンを拠点とする大手法律事務所「アーノルド&ポーター」に勤める。

 「あそこに見えるのが歴史的な建造物であるカーネギー図書館だ。今はアップルの資金支援で改装されて一部が店舗にもなっている」

 事務所内で取材に応じたベリンジャー氏は、ガラス張りの会議室で眼下に見えるワシントン市内の景色を紹介してくれた(ジョン・ベリンジャー氏へのインタビュー取材。2020年1月27日)。

インタビュー取材に答えるジョン・ベリンジャー元NSC法律顧問=ランハム裕子撮影

 「今でもあの公開書簡で書いた通り、トランプ氏は大統領の資質を欠いていると思うか」と問われると、「もちろん、前以上にそう思う。あのときの公開書簡はトランプ氏を大統領候補として見ていたが、今あの書簡を読み返せば、一文一文が事実となっているか、書かれている以上に悪くなっている」と語った。

 ただ、148人にものぼるベリンジャー氏を始めとする共和党系の外交安保専門家が政権入りしなかったことが、現在のトランプ政権の官僚機構の脆弱性に影響しているのも事実である。国務省や国防総省を始め、政府の政治任用職は今でも空席が多く、政府高官の肩書には「代行」が目立つ。2016年大統領選中、共和党系の外交安保専門家たちがあえてトランプ氏を批判せず政権に入り、内部から改革するという選択もあったはずだという意見もある。

 しかし、ベリンジャー氏は「そうしたことをすれば、私はトランプ氏らの批判する『ディープステート』の一部になってしまう」と否定する。「ディープステート」とはトランプ支持者に広がっている陰謀論で、米国政治は「ディープステート」と呼ばれる「影の政府」に支配され、エスタブリッシュメントを壊そうとするトランプ氏を攻撃しているという考え方だ。

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