事故のリアリティはよく出ている。ただし描かれていないことも多い
2020年03月10日
東京電力福島第一原発事故から9年。事故対応にあたった原発職員たちの苦闘を描いた映画『Fukushima 50』(若松節朗監督)が公開されている。映画の中の内閣総理大臣は、怒鳴り散らすだけで役に立たない、ある種の「悪役」として登場しているのだが、当の菅直人元首相は自身のブログなどで「よく出来た映画だ」と、意外にもこの映画を好意的に評価している。菅元首相の著書『東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと』(幻冬舎新書)も担当した編集者・評論家の中川右介さんが、その真意と事故当時の模様を改めて聞いてみた。
――3.11の原発事故を扱った映画は、いくつかありますが、事故の様子をこれだけリアルに再現した映画は『Fukushima 50』が初めてだと思います。
菅直人元首相 非常に事故のリアリティがよく出ている映画だと思いました。当時を、まざまざと思い出し、あらためて、あの事故のすさまじさを感じました。よくぞ、あそこで止まってくれた、と思っています。「神の御加護」があったから日本は助かったと、本にも書きましたが、最後の最後は、「御加護」があったとしても、吉田(昌郎)所長をはじめとする現場の皆さんががんばってくれたことが、大きかった。
――映画では、佐野史郎さんが「総理」を演じています。役名は「総理」であって、「菅直人」ではありません。誰が見ても佐野さんが演じているのは「菅さん」なんですけど、なぜか、そうなっていない。これについて若松節朗監督は雑誌「キネマ旬報」のインタビューで、「出てくる政府関係者は、役名を与えず役職名だけにしました。実名を出すことで映画を作ることに支障が出るよりは、という判断です」と語っています。どういう「支障」を想定したのか、忖度したのかは分かりませんが、もし、佐野さんが演じているのが「菅直人」だったとして、抗議されますか。
菅 いやいや、そんなことはしませんよ。周囲の人は、「描き方が戯画的だ」とか色々言ってくれるんですが、そんなに、ひどいとは感じていません。劇映画ですしね。
福島の事故を描いた映画では、『太陽の蓋』もあります。この映画では、私をはじめ政治家が全員が実名で登場します。映画を作る人が、それぞれの判断と責任でやってくれればいいと思います。あまりに事実と違えば、何か言うかもしれませんが。
この映画も、もちろん事実と微妙に違う点はいくつかあります。それについては、私のサイトでも説明してありますので、見ていただければと思います。
たしかに、映画の「総理」は怒鳴っていますが、私もいくつかの場面では大声を出しました。火事場を想像してください。目の前で火が燃えているときは、「それを取ってくれ!」と怒鳴るでしょう。「それをこちらに持ってきてくれませんか」なんて悠長なことは言わない。あの数日間は、そういう場面の連続だったんです。だから、私も何度か、怒鳴っていたと思います。
映画では、「総理」もですが、吉田所長が声を荒げるシーンが何回もありました。その相手は「総理」ではなく、東電本店の緊急時対策室の人(篠井英介演じる、常務・緊急時対策室総務班・小野寺秀樹)です。吉田所長が怒鳴りたくなるのがよくわかり、「そうだ。そうだ」と共感していましたよ。
――東電本店は、そんなにひどかったんですか。
菅 東電本店は、私から見て、情報が届かない、伝わるのが遅い、内容が正確でない、という状況でした。はやりの言葉で言えば、どうもあの会社は、政治家に対して「忖度」する体質なんですね。こういうことは言っていいのかどうかとか勝手に判断して、伝えなかったり、曖昧に伝えたり
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