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対テロ戦争に疲弊した米国内世論がトランプを支える

第3部「カム・ホーム・アメリカ―新たな孤立主義の台頭」(1)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

トランプ大統領の掲げるアメリカ・ファーストは、米国の利益を最優先にした孤立主義の影が色濃くつきまとう。トランプ氏は「終わりなき戦争を終わらせる」をスローガンに掲げ、中東地域からの米軍撤退を訴える。背景にあるのは、9.11(米同時多発テロ)以降のアフガニスタン戦争やイラク戦争などの泥沼化した一連の対テロ戦争に疲弊した米国内の世論だ。トランプ氏を突き動かす「カム・ホーム・アメリカ(アメリカに帰ろう)」のムーブメントを解き明かす。

「何のために戦死したのか」

 2020年2月10日夜、トランプ大統領の姿はデラウェア州のドーバー空軍基地にあった。霧の立ちこめる中、星条旗に包まれた二つの棺がC17輸送機から降ろされた(“Trump Pays Tribute to Two Soldiers Killed in Afghanistan.” VOA NEWS 11 February 2020.)。

 2人の兵士はアフガニスタン東部ナンガルハール州での戦闘で8日、死亡した。ともに28歳の若さだった。

 6人の兵士によって静々と運ばれる棺が目の前を通り過ぎるのを、黒いコートを羽織ったトランプ氏は身じろぎもせず敬礼して見送っていた。

 棺が搬送用の車両に載せられた瞬間、荘厳な雰囲気は悲痛な叫びで破られた。

 「No!」

 若い未亡人は亡くなった夫の名前を何度も繰り返して叫んだ。

 彼女の叫びを間近で聞いていたトランプ氏。この時、何を思っただろうか。

 ドーバー空軍基地には海外の戦闘で亡くなった米軍兵士の遺体が最初に到着する場所である。トランプ氏はこれまでもたびたびドーバー空軍基地を訪れ、大統領として兵士の遺族の弔問を行っている。

 トランプ氏は2019年10月の閣議で、ドーバー空軍基地での体験などについて率直な気持ちをこう吐露したことがある(The White House. “Remarks by President Trump in Cabinet Meeting.” 21 October 2019.)

 ドーバー空軍基地を訪問して(戦死した兵士の)両親と会うのはつらいことだ。もっともつらいことだと言ってもいい。大きな貨物輸送機の扉が開いて棺が出てくるのを見るとき、また、ウォルター・リード陸軍病院を訪問してひどい怪我を負った負傷兵たちを見るとき、私にとって最もつらいことだ。
 最もつらいのは、(兵士の遺族に)手紙を送るときもそうだ。私が故郷にいる両親に手紙を送り、彼らと会話をする。私はこれまでも多くの手紙を故郷の両親たちに送っているが、『あなたの息子、娘が中東地域で戦死した』と書いている。

 そして、こう語気を強めた。

 「でも何のために? 何のために戦死したのか?」

フロリダで行われた選挙集会で演説するトランプ大統領=フロリダ州オーランド、ランハム裕子撮影、2019年6月18日

「バカげた終わりなき戦争を終わらせる」

 「今こそバカげた終わりなき戦争を終わらせる」

 大統領就任以来、トランプ氏はこう繰り返す。

 2001年の9.11(米同時多発テロ)をきっかけに始まった一連の対テロ戦争を早期に終結させ、中東地域から米軍を撤退させることは、トランプ氏の2016年大統領選の公約でもある。

 ただ、これは大統領選のときから訴え始めたわけではない。トランプ氏は政治にまだ本格的に関わっていない不動産会社経営の時代から、アフガニスタン戦争の早期終結を訴えてきた。

 トランプ氏のツイッターの記録を調べると、オバマ政権下の2011年に戦争終結を訴え始め、少なくとも12回にわたってアフガニスタン戦争を批判し、時にはオバマ大統領に対して米軍をアフガニスタンから撤退するように呼びかけた。

 2012年8月にはこうツイートしている。

 なぜ我々は、アフガニスタンの兵士たちを訓練し続けなければいけないのだ? 彼らは結局、我々の兵士の背中を撃つことになるだろう。アフガニスタンは完全に無駄だ。故郷に帰るときだ!(Time to come home!)

 翌13年1月にはアフガニスタン戦争について「数十億ドルを無駄遣いしている」と批判した。

 アフガニスタンから撤退しよう。米軍部隊は自分たちで訓練したアフガニスタン人によって殺害され、我々は数十億ドルを無駄遣いしている。ナンセンスだ! 米国を再建しよう。

 ただ、トランプ氏は平和的な理念のもとで、戦争終結を訴えているわけではない。一連のツイートで見られるのは、何らのメリットもない戦争に人的・経済的な投資を行い続けることに何の得があるのかという強い疑問である。

 ここにはトランプ氏のビジネスマンとしての損得勘定がうかがえる。

「我々は米軍兵士を故郷に帰すぞ」

 一方、トランプ氏の訴えは米国内の世論の動向を反映したものといえる。

 シンクタンク・新アメリカ安全保障センター(CNAS)会長で、共和党重鎮の故ジョン・マケイン氏の外交政策顧問を務めたリチャード・フォンテーヌ氏は、「いまや9.11はずいぶん昔の話となったにもかかわらず、アフガニスタン戦争は18年間も続いている。米国内で『こうした大きな問題は他人に任せ、我々は自国の問題に集中するべきだ』という意見が出てくるのは当然の傾向だろう」と語る(リチャード・フォンテーヌ氏へのインタビュー取材。2019年10月24日)。

 そのうえで、トランプ氏の訴えを「カム・ホーム・アメリカ」(アメリカに帰ろう)という概念だと指摘する。

 「『カム・ホーム・アメリカ』は、世界各地で行われてきた疲弊しきった軍事介入から抜け出し、新たな軍事介入や同盟国や米軍の前方展開戦略にかかるコスト負担を避け、そのぶん節約したドルを自国のために使おうという考え方だ。米国の新たな国際的関与に極めて慎重な態度をとっている点も特徴的だ」

インタビューに応じるリチャード・フォンテーヌ氏=ワシントン、ランハム裕子撮影、2019年10月24日

 フォンテーヌ氏は、「カム・ホーム・アメリカ」は、1930年代に米国で主流だった孤立主義と厳密には同じものとはいえないという。

 「現在米国を取り巻く状況は1930年代と大きく異なる。米国はいま、世界一の軍事予算・軍事力をもち、海外の70カ国以上の軍事基地をもつ。一方、1930年代は米国の軍隊の規模は小さく、軍事予算も少なかった。当時の大国は大英帝国であり、米国は台頭しつつある国家ではあったが、世界一の軍事予算・軍事力にはほど遠い存在だった。こうした異なる状況の中で、現在の米国と1930年代の動きを一緒にすることはできない」

 ただし、「カム・ホーム・アメリカ」と1930年代の孤立主義には、「類似性はある」と語る。

 「両者の間で似ているのは、政策というよりも感情的なものだ。トランプ氏の言動の根底にあるのが、『欧州や中東、アジアで複雑なことが起きている。しかし、米国は二つの大洋に囲まれてこれらの国々と地理的に離れているうえ、南北を友好的な隣国にも囲まれている。なぜ我々が海外で起きていることにいつも関わっていかなければいけないのか』という疑問だ」

保守政治活動会議(CPAC)で演説に臨むトランプ大統領=メリーランド州オクソンヒル、ランハム裕子撮影、2020年2月29日

 トランプ氏の主張には世論の後押しがある。

 世論調査会社「ラスムセン」が2019年10月上旬、「今こそバカげた終わりなき戦争を終わらせる時だ」というトランプ氏の発言について尋ねたところ、58%が賛成、反対は20%だった(Rasmussen Reports. “Most Agree With Trump’s Withdrawal from ‘Endless Wars.’” 9 October 2019.)

 米国市民の間では、泥沼化したアフガニスタン戦争やイラク戦争以来、厭戦気分が強まっている。トランプ氏も独特の嗅覚で世論の動向を感じているようだ。

 トランプ氏は2019年10月、テキサス州ダラスで行われた選挙集会を振り返り、こう語っている(The White House. “Remarks by President Trump in Cabinet Meeting.” 21 October 2019.)

 最も大きな歓声が上がったのは、二つのことについて話したときだった。1番大きかったのは、『我々は(メキシコとの国境に)壁を作るぞ』と言ったときだ。2番目は、これはほとんど1番目と同じくらい盛り上がったが、『我々は米軍兵士を故郷に帰すぞ』と言ったときだ。会場は狂ったように盛り上がった。

 トランプ氏は「しかし……」とつけ加えた。

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