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米国人は戦争に興味のないトランプを選んだ

第3部「カム・ホーム・アメリカ―新たな孤立主義の台頭」(2)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

米軍兵士のPTSD発症率15.7%

 イラク戦争とアフガニスタン戦争がこれまでの戦争と大きく異なるのは、敵から激しい攻撃を受けても生き延びるケースが多かった代わりに、多くの兵士が過酷な体験をしているという点だ。

 マシュー・ホー氏は「イラク戦争は極めて暴力的だった。しかし、ベトナム戦争など昔であれば命を落としていたような攻撃を受けても、防護服や装甲車両に守られ、生き残ることが多い。私自身、右胸にもろに爆発した手榴弾の金属片を受けたが、生き延びた。以前の戦争であれば確実に死んでいただろう」と語る。

 ホー氏によれば、仲間の海兵隊員の中には装甲車両に乗っている最中、道路脇に仕掛けられたIED(即席爆発装置)の爆発に10回程度遭った人たちもいるという。

 米ランド研究所の調査によれば、イラク、アフガニスタン両戦争では、50%の兵士が戦友の死亡・重傷という経験をもち、45%が非戦闘員の死体・重傷を目撃し、37%が腐乱死体の臭いをかいだことがあると答えた(Hosek, James. How Is Deployment to Iraq and Afghanistan Affecting U.S. Service Members and Their Families? (Santa Monica, CA: RAND Corporation, 2011) 14.)

 ホー氏は「過酷な体験をした直後は生き延びたということで何とかやり過ごすが、数年経ってその時受けた傷が表面化する」と振り返る。

拡大アフガニスタン南部ザブール州で米政府上級代表を務めていた当時のマシュー・ホー氏(左から3人目)=本人提供

 米退役軍人省によれば、両戦争に派遣された米軍兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の発症率は15.7%にのぼる(U.S. Department of Veterans Affairs. “PTSD in Iraq and Afghanistan Veterans.”)

 「現地に派遣された兵士たちは8~12カ月、現地で殺すか、殺されるかという経験をしている。このため、身体の中の生存本能システムのスイッチが常に入りっぱなしの状態となり、帰国後もスイッチを切ることがなかなかできない。これが問題を引き起こすのだ」

 ホー氏自身もイラク戦争での戦闘体験からPTSDを発症した。さらに、「道徳的な罪の意識」に強くさいなまされたという。

 「私たち兵士は(開戦理由である)『サダム・フセインが大量破壊兵器を所有し、アルカイダと同盟関係にある』という米政府の言葉を信じて敵を殺し、そして仲間を失ってきた。しかし、それらはすべてウソだということがわかった。このことが極めて深刻な心理的問題を引き起こした」

 ホー氏はこうした道徳的な罪の意識から「まるで両足が切断されたような絶望感」に襲われたという。自殺願望にとりつかれ、アルコール漬けの日々を送ったが、PTSDの治療を受けたことで自殺の危機を脱することができたという。

拡大アフガニスタン南部ザブール州で米政府上級代表を務めていた当時のマシュー・ホー氏(右から2人目)=本人提供

 ホー氏は現在、米シンクタンク「国際政策センター」の上級研究員を務めている。自らの経験をもとに「戦争は極めて無駄だ」と訴える。

 「数兆ドルが注ぎ込まれるけれども、結局のところは何も残らない。投資されたドルは爆弾や戦闘機に変わるだけで、何らの見返りもない。そして人々は苦しみ、悲劇ばかりが起こる。その損失は計り知れない」

 ホー氏の意見は、退役軍人の中で突出したものではない。

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筆者

園田耕司

園田耕司(そのだ・こうじ) 朝日新聞ワシントン特派員

1976年、宮崎県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒、朝日新聞入社。福井、長野総局、西部本社報道センターを経て、2007年、政治部。総理番、平河ク・大島理森国対委員長番、与党ク・輿石東参院会長番、防衛省、外務省を担当。2015年、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員。2016年、政治部国会キャップとして日本の新聞メディアとして初めて「ファクトチェック」を導入。2018年、アメリカ総局。共著に「安倍政権の裏の顔『攻防 集団的自衛権』ドキュメント」(講談社)、「この国を揺るがす男 安倍晋三とは何者か」(筑摩書房)。メールアドレスはsonoda-k1@asahi.com

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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