第3部「カム・ホーム・アメリカ―新たな孤立主義の台頭」(3)
2020年04月12日
トランプ大統領の掲げるアメリカ・ファーストは、米国の利益を最優先にした孤立主義の影が色濃くつきまとう。トランプ氏は「終わりなき戦争を終わらせる」をスローガンに掲げ、中東地域からの米軍撤退を訴える。背景にあるのは、9.11(米同時多発テロ)以降のアフガニスタン戦争やイラク戦争などの泥沼化した一連の対テロ戦争に疲弊した米国内の世論だ。トランプ氏を突き動かす「カム・ホーム・アメリカ(アメリカに帰ろう)」のムーブメントを解き明かす。
ワシントンの外交安全保障専門家らが最近、注目しているのが、2019年12月に設立されたシンクタンク「クインシー研究所(QI=Quincy Institute)」である。「終わりなき戦争を終わらせる」という政策目標を掲げ、リベラル派の投資家ジョージ・ソロス氏、右派系の実業家チャールズ・コーク氏が共同出資しているからだ。
我々は、米外交の根本的な方向づけをやり直すため、QIを設立した。これはとても野心的な目標であり、平和的かつ力強く国際社会に関与し、我々がこの数十年間にわたって目にしてきた軍国主義からの離脱を図るものだ。
20年2月26日、米議会で開かれたQIのフォーラム「世界における米国の新ビジョン」で、QI議長のスザンヌ・ディマジオ氏はこう宣言した。
QIが掲げるのが、「(米国は)退治するべき怪物を探すために海外に出て行くことはない」というスローガンだ。QIの名称の由来でもあるジョン・クインシー・アダムス(1767~1848年)の言葉である。J・Q・アダムスはモンロー大統領のもとで国務長官を務め、米国の孤立主義の志向を国内外に印象づけた「モンロー宣言」を起草者でもある。
J・Q・アダムスは1821年の独立記念日に、次のような演説をしている。
自由と独立の旗が翻るであろう所はどこでも、アメリカの心、祝福、そして祈りがあるだろう。しかしアメリカは、怪物を退治すべく、海外に出ていくことはない。アメリカはすべての人の自由と独立を祈るが、アメリカはもっぱらアメリカ自身の自由と独立の闘士であり、擁護者なのである(佐々木卓也(編)(2018)『戦後アメリカ外交史(第3版)』有斐閣,12)。
J・Q・アダムスのこの理念を引き継ぐのが、QIだ。
「QIは米国が軍国主義化して外交手段を軽視している、と考える人々によって結成された。我々の目的は軍事力を抑制するという考えを促進し、世界における米国の役割についてワシントンの人々の考え方を変えることだ」
QI代表を務めるアンドルー・ベイスビッチ氏(ボストン大名誉教授)はこう強調した(アンドルー・ベイスビッチ氏へのインタビュー取材。2020年1月20日)。
歴史学者で元陸軍大佐でもあるベイスビッチ氏は、保守派のリアリストとして知られ、他国への介入主義に反対の立場をとる。
「米国は冷戦後、米国の利益を慎重に考えることなく、軍国主義が政策の中心を占めるようになった。その結果、軍事力の使い方を誤り、数兆ドルを費やし、数十万人の死傷者を出すことになった」
ベイスビッチ氏自身、米軍兵士の遺族でもある。27歳の息子は2007年、イラク中部のバラドでパトロール中、爆弾の爆発に巻き込まれて死亡している。
QIは9.11以降の一連の対テロ戦争の終結を掲げるが、ベイスビッチ氏は「我々は平和主義者ではない」とも語る。
「我々は強い軍隊をもつことに反対していないし、米国を武装解除させるつもりもない。ただし、米国の政策決定者は米国の軍事力をもっと慎重に行使するべきだと考えている」
ワシントンの主流派のシンクタンクは国際主義の立場から米軍の前方展開戦略に肯定的な意見が多く、他国への非介入主義を前面に訴えるQIは異色の存在だ。QIを孤立主義のグループとみなして警戒する向きは強い。
しかし、ベイスビッチ氏は「QIは孤立主義と批判されるが、完全な間違いだ」と反論する。
「我々は米国の国際的な関与を支持している。ただし、永続的な戦争を行うのではなく、平和構築における関与だ」
QIが注目を集めているのは、ワシントンの主流派とは一線を画す主張に加え、左右両陣営の後ろ盾ともいえる大富豪が資金提供していることがある。
ジョージ・ソロス氏は民主党に多額の献金をするリベラル派である一方、チャールズ・コーク氏は共和党や保守強硬派「ティーパーティー(茶会)運動」を支援するリバタリアン(自由至上主義者)である。
米メディアによれば、両氏はQIの立ち上げに計100万ドル(約1億1千万円)を寄付したという(Piper, Kelsey. “George Soros and Charles Koch team up for a common cause: an end to ‘endless war.’” VOX 1 July 2019.)。
政治理念の異なる両氏が一致して非介入主義のQIを支援したことに、ワシントンでは衝撃が走った。
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