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オリンピックとパンデミックと東アジアの冷戦の変容

アジアとの対話や共存抜きだった日本人の「原風景」

丸川哲史 明治大学教授

 本稿が書かれているのは、新型コロナ肺炎が世界的大流行(パンデミック)を経験し、2020年夏に開催予定の東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪と称す)の開催が不安視されている最中である。本稿がアップされている頃には、さらに重大な状況変化があるかもしれないが、この時において書き留めておいてしかるべきことがあるように思い、筆を執った。

安倍首相が追い求めた1964年東京五輪のノスタルジー

拡大建設が進み113メートルの高さになった東京タワー=1958年6月4日、東京都港区

 今この時、この世界は同時的な危機の中に陥ったわけだが、中長期的スパンからこの危機の意味を把握する努力も必要だと思われる。毎日繰り返されるジャーナリズムが捉えるスパンの外にも出てみなければ、私たちの 中長期的な生活の展望も開けないと思うからである。

 そこで一つのポイントは、いわずもがな日本においては東京五輪の開催との関わりである。安倍晋三首相とその周辺、及び小池百合子東京都知事らによって行われている断続的な諸対策において見て取れるのは、すべてが2020年の東京五輪開催を守る意思において発せられていることである。

 パンデミックに到る前の初期段階において、もっぱら「水際」で感染を防ぎ切ろうとした行動にもその端緒が垣間見られるし、初期動作において検査対象を絞ろうとしたことも、また東京都において不思議にも感染経路が中々明確にされない事態も含め、彼彼女らの念頭にあるのは、紛れもなく東京五輪を守ることである。

 ここで一つの補助線を描いておきたい。安倍首相が追い求める原風景がどこにあるのかを見定めておくのも、目下の現象や出来事を解析するための参考になるのではないか、と思われる。

 安倍首相の著書『美しい国へ』(文春新書、2006年)の中で、映画作品として『ALWAY夕日の三丁目』(2005年)が取り上げられている。この作品は、1958年の東京下町を舞台とし、徐々に完成に向かう東京タワーを背景として、その時代を生きた日本人の希望と未来をそこに投影する――こういった昭和ノスタルジーというカテゴリーに分類できるだろう。

 この時、日本は高度成長の端緒にあたり、そのサイクルは6年後の1964年東京五輪に結実することが、期待の地平において想定される。安倍首相が抱く理想的な原イメージとは実はこの辺りにあり、すなわち彼の任期中にそれを再演したいということなのだろう。ちなみに彼の祖父、岸信介が首相を務めたのは、まさに『三丁目の夕日』が描いたその時代である。

 ただし考えてみるに、国の威信を発揚する場としてのオリンピックを自分の任期中に成功させたいという願望は、特に安倍首相でなくとも、政治家であるならいつの時代も似たような志向を持つものであろう。そこでひとつ、物事をはっきりさせるために、1964年東京五輪と現在とのそれの大きな違いを指摘しておくべきであろう。

 つまりそれは、1980年代以前の世界では、オリンピックは資本主義的価値観と一定の距離を取らねばならないとする、ロス五輪(1984年)まであった「原則」の尊重である。

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筆者

丸川哲史

丸川哲史(まるかわ・てつし) 明治大学教授

1963年和歌山県生まれ。明治大学政治経済学部/同大学大学院教養デザイン研究科教授。一橋大学大学院言語社会研究科博士課程修了。専攻は東アジアの思想・文化。著書に『台湾、ポストコロニアルの身体』(青土社)、『中国ナショナリズム――もう一つの近代を読む』(法律文化社)、訳書に汪暉著『世界史のなかの世界――文明の対話、政治の終焉、システムを越えた社会』(青土社)など多数。