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新型コロナに挑む民主主義 メルケル独首相「第2次大戦以来の挑戦」演説の心髄

「静穏な生活は国民の任務」「苦難の時には寄り添いたいものだが、反対のことを」

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

コロナ問題で国民に向けテレビ演説するドイツのメルケル首相=ドイツ政府HPより

 世界中を揺るがす新型コロナウイルスの感染拡大。ドイツのメルケル首相は3月18日の演説で、「第2次世界大戦以来の挑戦」と呼んで注目されたが、その心髄は「私たちは民主主義社会です」という国民への呼びかけにある。ひとりひとりが果たすべき「任務」をリアルに語って理解を求め、ともに感染拡大を抑えようと説いた演説の全容を読み解く。

異例のテレビ演説

 メルケル氏はベルリンの首相官邸から13分弱、窓の外の国会議事堂をバックに、テレビ演説の形で訴えた。

 2005年以来の長期政権だが、特定の問題で国民に直接訴える演説は異例だ。動画やテキストはドイツ政府のHPでこの通り公開されている。

【動画】コロナ問題でのドイツのメルケル首相の国民への演説

【英訳テキスト】コロナ問題でのドイツ・メルケル首相の国民への演説

 ドイツではまだ、コロナの感染者が出ていなかった2月、私は取材でベルリンなどドイツ各地を訪れていた。テーマはナチズムへの反省に基づく戦後ドイツの民主主義だった。日本へ戻ると、ドイツでも一気にコロナ問題が深刻化した。そんな経緯から、私はメルケル氏の演説に強い関心を抱いた。

 演説の内容は、コロナ問題に民主主義国家がいかに向き合うかについて、ドイツはもちろん、日本のあり方を考える上でとても示唆に富むものだった。ドイツ政府の英訳テキストを基本に私が和訳したものを、読み解きを加えつつ紹介する。

ベルリンのブランデンブルク門=2月、藤田撮影

「かつてない試練」

 メルケル氏は冒頭で、コロナ問題という危機にあたり、自身がこうした形で国民に向けて語ることがなぜ民主主義にとって大切なのかを説明する。

 国民の皆さん。

 新型コロナウイルスは、いま私たちの国の日々の生活を劇的に変えています。正常であること、公共の生活、社会の協調。こうした全ての概念がかつてない試練にさらされています。

 何百万人もの皆さんが仕事に行けず、お子さんたちは学校や保育園に行けず、劇場や映画館や店は閉まり、そしておそらく最も困難なこととして、私たち全てにとって当たり前だった社会での出会いをなくしています。こうした状況で、今後について多くの疑問や心配があるのは当然です。

 私はこうした異例の形で皆さんに呼びかけています。それはこの状況において、ドイツ連邦共和国の首相としての私と、連邦政府の同僚すべてが、何を指針としているかをお話ししたいからです。これは開かれた民主主義の一面です。私たちは政治的な決定を透明な形で行い、説明します。私たちの行動が正しくあるように意思疎通を図り、人々が理解できるようにします。

試練克服は「全国民の任務」

コロナ問題でのテレビ演説で「全国民の任務」について話すドイツのメルケル首相=ドイツ政府HPより

 そしていきなり核心に入る。試練の克服は「全国民の任務」と語るのだ。

 メルケル氏はドイツ語で"IHRE Aufgabe"と強調し、HPの動画の字幕でもこの通り、「全国民の」の代名詞にあたる"ihre"を大文字で示している。これが、注目された「第2次世界大戦以来の挑戦」という発言へとつながる。

 この試練の克服を、全ての国民が誠実に自身の任務だと考えるなら、それは可能だと私は確信しています。

 だからこそ、この問題は深刻だと述べさせてください。そして深刻に受け止めてください。(1990年の東西ドイツ)再統合以来、いや、第2次世界大戦以来、私たちの国にとって、連帯の精神をもって行動することがこれほど重要な挑戦はありませんでした。

 この感染症の中で私たちがどういう状況にあり、連邦政府と各州が私たちのコミュニティーを守り、経済、社会、文化の面で悪化を抑えるために、何をしているかを話したいと思います。ただし、なぜすべての皆さんの助けが必要で、それぞれに何ができるかということも伝えたいのです。

 そして、なぜ「全国民の任務」が必要なほどコロナ問題が深刻なのかを説明する。

 まだ治療法が見つかっていない、見つかるまでに感染が拡大すれば医療機関がまひしかねない、そのとき命の危険にさらされるのはあなたの肉親かもしれない――。そうしたことが直裁に語られるのだ。

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