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アフリカ野球友の会17年目の解散。新たな道へ

野球人、アフリカをゆく(25)旧友に明かした心の内と次なる決意

友成晋也 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

「野球を始めたばかり頃の俺たちを思い出す」

 「1年経って、彼らもずいぶん野球がわかってきたし、うまくなってきたよ。つい先月には2回目の対外試合をやってね」。「いきなり初めての試合に勝ってたよね」。私が発信するフェイスブックの記事などをよく読んでくれているらしい井下は、わりと近況を把握しているようだ。

 「2試合目は、9回までやって、5対7で南スーダンチームが負けたんだけど、接戦で野球らしい、いい試合だったんだよ」。スマホに保存した写真を見せながらその時の様子を説明する私に、「そういえば」と井下はっと思いだしたかのように、目を見開いた。

拡大南スーダン野球団対オールジャパンチームの2回目の対戦。第一戦で4三振を喫したキャプテン・ジオンがこの日は打棒爆発で雪辱を果たした。

 「まだほんとに始めたばかりの最初の頃、なんていったっけ、背のものすごく高い選手がでてきて、いきなりすごいボール投げてた子いたよね」

 「ああ、エドワード君ね。彼は残念ながら、途中から来なくなっちゃったんだよ」

 「ええっ!そうなの?なんで?」。表情豊かな井下は、私の分まで残念そうな顔をする。

 「今年に入ってくらいから、来なくなっちゃったんだよね。どうも学校にもいけなくなって、バイクタクシーの運転手になって働いているらしいんだよ」

 「家の事情なのかね。楽しみにしてたのに、もったいないな。なんかさ、友ちゃんのフェースブック見ていると、ワクワクするんだよ。野球を始めたばかり頃の俺たちを思い出したりしてさ」

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筆者

友成晋也

友成晋也(ともなり・しんや) 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

中学、高校、大学と野球一筋。慶應義塾大学卒業後、リクルートコスモス社勤務を経てJICA(独立行政法人国際協力機構)に転職。1996年からのJICAガーナ事務所在勤時代に、仕事の傍らガーナ野球代表チーム監督に就任し、オリンピックを目指す。帰国後、2003年にNPO法人アフリカ野球友の会を立ち上げ、以来17年にわたり野球を通じた国際交流、協力をアフリカ8カ国で展開。2014年には、タンザニアで二度目の代表監督に就任。2018年からJICA南スーダン事務所に勤務の傍ら、青少年野球チームを立ち上げ、指導を行っている。著書に『アフリカと白球』(文芸社)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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