第4部「揺らぐ同盟―究極の取引至上主義」(1)
2020年04月19日
「米国は他国からだまし取られてきた」と考えるトランプ氏。米国は同盟国に対してもっとお金を支払うように要求し、長年にわたる損失を取り戻さなければいけない、という信念に一貫してブレはない。トランプ氏にとって同盟とは「ウィン・ウィン(両者が勝つ)」ではなく「ウィン・ルーズ(勝つか、負けるか)」の関係にある。そんなトランプ氏は同盟国によって米国の世界的な覇権が支えられているとは考えず、金銭的な損得勘定でとらえているため、同盟国側の不信を生んでいる。究極の取引至上主義といえるトランプ氏のもと、揺らぎを見せる同盟の今を追う。
2017年7月20日、トランプ大統領を乗せた大統領専用車と警護車両の長い車列がポトマック川を越え、首都ワシントンの隣州バージニアの国防総省(ペンタゴン)の建物へと向かっていた。就任後初めてとなるペンタゴンでのブリーフィングを受けるためである。
ペンタゴンでトランプ氏を待っていたのは、マティス国防長官だった。
マティス氏は2017年1月、トランプ政権の発足とともに国防長官に就任した。これまで1991年の湾岸戦争では第7海兵連隊第1大隊を率い、2001年のアフガニスタン戦争ではタスクフォース58を指揮し、2003年のイラク戦争では第一海兵師団長と常に最前線で指揮をとってきた経歴をもつ元海兵隊大将である。勇敢に戦場で戦うという意味で「狂犬」、7千冊の蔵書をもち、独身で仕事に打ち込む姿から「戦う修道士」という異名をもち、米軍内部で尊敬を集めている人物でもあった。
中東地域を管轄する中央軍司令官時代にオバマ政権のイラン政策をめぐって対立し、2013年に退役している。そんなマティス氏に対するトランプ氏の信頼は厚く、マティス氏がトランプ政権の閣僚として初めて来日する際には、トランプ氏は事前に安倍晋三首相に電話し、「彼は専門家で信頼している」とわざわざ伝えたほどだ。
マティス氏の側近で、チーフ・スピーチライターを務めたガイ・スノッドグラス氏によれば、7月20日のペンタゴンでのブリーフィングをめぐっては、マティス氏にはある狙いがあったという。それは、トランプ氏に米国の同盟国の重要性を理解してもらうことだった(ガイ・スノッドグラス氏へのインタビュー取材。2019年11月21日)。
トランプ氏は大統領選期間中、在韓米軍や在日米軍の撤退をちらつかせ、北大西洋条約機構(NATO)についても「時代遅れ」と批判し、同盟軽視の発言を続けてきた。就任会見においても、「自国の軍隊の悲しむべき疲弊を許しておきながら、他国の軍を援助してきた」と述べるなど、米国による同盟国の防衛の必要性に強い疑念を示していた。
一方、マティス氏は、安全保障問題を通じて同盟国と連携を積み重ねてきた経験をもつ同盟重視派である。米国は同盟国や友好国の防衛を約束する代わりに、米軍を海外基地に駐留させる前方展開戦略をとることで、唯一の超大国としての米国の覇権が支えられているという仕組みをよく理解していた。
そのマティス氏にとってみれば、トランプ氏の一連の同盟軽視の言動は、こうした米国と同盟国の相互依存の関係をきちんと理解していない固定観念にもとづくものといえた。トランプ氏がペンタゴンでブリーフィングを受けるこの日は、こうした米国と同盟国をめぐる正確な情報を提供する絶好の機会だった。
会議に出席したスノッドグラス氏は、トランプ氏の会議中の言動を詳細に覚えている。
マティス氏が海外駐留米軍の状況を説明する間、トランプ氏はしかめ面をしながら手元の紙をいじっていたが、在沖海兵隊のグアム移転に話が及ぶと、「一体だれがグアムに移転させる経費を支払うのだ」と激怒した様子で問いただした。
一瞬沈黙が走ったのち、トランプ氏は「我々の貿易協定は犯罪的だ」「日本と韓国は米国を利用している」と怒鳴ったという。さらに、「日本、ドイツ、韓国……。米国の同盟国はこのテーブルにいるだれよりもコストがかかる!」と強調したという。
マティス氏の狙いは失敗に終わった。
スノッドグラス氏はこう振り返る。
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