第4部「揺らぐ同盟―究極の取引至上主義」(5)
2020年04月30日
「米国は他国からだまし取られてきた」と考えるトランプ氏。米国は同盟国に対してもっとお金を支払うように要求し、長年にわたる損失を取り戻さなければいけない、という信念に一貫してブレはない。トランプ氏にとって同盟とは「ウィン・ウィン(両者が勝つ)」ではなく「ウィン・ルーズ(勝つか、負けるか)」の関係にある。そんなトランプ氏は同盟国によって米国の世界的な覇権が支えられているとは考えず、金銭的な損得勘定でとらえているため、同盟国側の不信を生んでいる。究極の取引至上主義といえるトランプ氏のもと、揺らぎを見せる同盟の今を追う。
2019年7月下旬、ワシントンに衝撃が走った。
米国の同盟国・日韓両国の防空識別圏が重なり合う東シナ海や日本海上空に中国とロシア機が進入し、初の共同警戒監視活動を行ったからだ。
中ロは米国の競争国であり、軍事的に激しく競り合う相手である。ワシントンの外交安保関係者らは、中ロが日韓対立の隙を突き、日米韓の防衛協力の揺らぎを注視する試みとして行ったと受け止めた。
東アジアの安全保障問題に詳しい米外交問題評議会のシーラ・スミス上級研究員は「中ロは、日韓の緊張関係と米国の同盟国体制の弱体化につけこもうと待ち構えている。我々は中ロの準備態勢を過小評価してはいけない」と警告する(シーラ・スミス氏へのインタビュー取材。2019年8月14日)。
米政府もこの動きに対抗してメッセージを発した。事態を放置すれば、日米韓の安全保障体制に中ロが浸食することを黙認することになりかねないからだ。
ナッパー米国務副次官補(日韓担当)は2019年8月初旬、ワシントンでの講演でこの問題について自ら切り出し、「(中ロが)日米韓3カ国の間にくさびを打つようなことがこれ以上あってはいけない」と警告。さらに日韓に対し、「米国は日韓がお互いの関係改善を図る責任があると考えている」と注文をつけた。
米政府は日韓関係の悪化にこれまでも繰り返し「深い憂慮の念」を表明し、水面下で関係改善を働きかけてきた。米国を突き動かしたのは、韓国側が2019年7月に入り、日本の対韓輸出規制に対抗し、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の再検討に言及し始めたことだ。
日韓GSOMIAは、日韓両国の軍事上の機密情報を共有する仕組みだが、米国を中心とする日米韓三カ国の安全保障体制の柱の一つでもある。
日米韓安全保障体制は日米韓の三角関係で成り立っている。日米、米韓はそれぞれ同盟関係にあり、強固な結びつきがある一方、日韓は同盟関係ではないため、両国間の結びつきは弱い。そこで日韓にGSOMIAを導入することで両国の軍事的な協力関係を補強し、日米韓安全保障体制を強化するという狙いがあった。このため、日韓GSOMIAは米側の尽力でまとまった経緯がある。
複数の日米関係筋によれば、米側は韓国のGSOMIA離脱を防ぐため、日本側に輸出優遇対象国のリストから韓国を外す発表を延期するように要請した。米政権高官によれば、米政府は日韓にお互いの報復行為の中止を求める「休戦協定」を進めようとしていた。
しかし、日本側は冷ややかだった
日本政府関係者は「慰安婦や徴用工問題でさんざん日本が韓国からやられていたときは何もせず、急に今になって介入してきても遅すぎる。韓国が『休戦協定』を実行する担保も取っておらず、つたない提案だった」と振り返る。
日本が米政府の要請に振り向かなかった最大の理由は、米政権トップのトランプ大統領に日韓の関係改善に向けた強い意思が見えなかったためだ。
トランプ氏は2019年7月中旬、韓国の文在寅大統領から直接の関与を頼まれたことを明らかにしたが、「日韓両国首脳の要請があれば」という条件をつけ、慎重姿勢を示した。見方によっては、安倍晋三首相に対決姿勢を続けて良いという「お墨付き」を与えたともいえる。
その後、日本は予定通り韓国を輸出優遇対象国から除外し、米政府の「休戦協定」調停は不発。韓国は日本への報復措置としてGSOMIA破棄の決断をする事態に陥った。
日韓は歴史認識という困難な問題を抱えており、歴代の大統領は陰に陽に両国の橋渡し役を担ってきた。2014年、オバマ大統領は安倍首相と韓国の朴槿恵大統領の初会談を仲介し、慰安婦問題の日韓合意を後押しした。ある日米外交関係者は、オバマ政権時代はホワイトハウスや国務省が一体となって日韓両国に働きかけがあったと回想する。
しかし、アメリカ・ファーストを掲げるトランプ氏は全く異なる。最大の関心は、同盟国同士の団結ではなく、相手国からいかにお金を多く支払わせる取引(ディール)をまとめることができるかという点にある。
そんなトランプ氏が好む手法は、2国間交渉である。交渉相手が束になってかかってくるのを避け、個別に撃破できるからだ。
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