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新型コロナ世界的流行でもIOCが東京五輪を中止できない三つの理由

結局、延期しかない東京五輪・パラリンピック。いつまで延期するかが焦点

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長がアスリートたちに宛てた「手紙」。「東京五輪の開催時期を最終判断するのは時期尚早だ」と述べている=IOCホームページから

 誰もがよくないと思っていながら誰も決断できずにいたら、周囲から続々と反対の声が上がり、最終的には「世論の声に耳を傾ける」ということを理由に判断を下す。こうした情景は、判断の連続である日常生活の中で、国や場所を問わず目にするものだ。

 現在、世界的な規模で起きている「分かってはいるが、決断できない」事柄のひとつが、新型コロナウイルスの「パンデミック」が起きるなか、この夏に予定される東京オリンピック・パラリンピックの開催をめぐる問題である。

 今回、「決めたくても決められない」のは、「予定通りの開催」を主張してきた国際オリンピック委員会(IOC)と大会組織委員会、そして日本政府だ。一方、各国のオリンピック委員会(NOC)や国際競技連盟(IF)が選手団の派遣の見送りや大会の開催延期を要望、IOCが「開催時期の検討」を示唆したが、まさにIOCにとってNOCやIFの声が態度の変更の口実となったかたちだ。

 「開催時期の検討」は何を意味するのか。新型コロナウイルス感染の深刻な状況を考えれば「大会中止」もあり得るが、私はIOCは「大会中止」を決して口にすることが出来ないと考える。本稿では、「東京五輪の中止」にからむ三つの問いとIOCに関する三つの状況を通して、その理由について論じてみたい。

「大会中止」はどう規定されているか?

 まず、東京五輪の中止に関する規定について、確認しておこう。

 「新型コロナウイルスの感染が拡大し、いつ終息するかも分からない。延期というかたちで開催を先延ばしするのではなく、中止する方がよいのではないか」という意見はあるだろう。確かに、現在の状況を考えれば、このような意見には一定の説得力がある。

 そもそも、オリンピックを中止するための規定はあるのか。中止の手続きは定められているのか。もし、それがなければ、IOCや組織委員会が「中止」を決めても、その判断の正当性が問題となりかねない。

 IOC、東京都、日本オリンピック委員会(JOC)の三者が締結した全87条からなる開催都市契約を確認すると、第66条は中止に関して規定がある。戦争状態、内乱、ボイコットなどとともに、「IOCがその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」に、大会を中止することが出来ると定めているのだ。

 条文はやや抽象的ではあるものの、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大し、世界保健機関(WHO)も「世界的な大流行」を宣言した現況に照らせば、大会参加者の安全が脅かされると信じるべき合理的な理由があると考えることが出来る。

 契約上は、大会の中止は不可能ではないということになる。

金銭的な損失は補償されるのか?

 次に考慮すべきは、中止となった場合、金銭的な損失を誰が補償するのか、という問題だ。

 この点についても、IOCは対応をとっている。IOCの年次報告書によれば、2016年のリオ大会では、約1440万ドルを、2018年の平昌大会では1280万ドルを、中止に備えた補償の保険料として支払っている。東京大会についても、新型コロナウイルスの感染の拡大により実施が危ぶまれる状況の中で、IOCが保険料の掛け金を2000万ドルに引き上げた可能性が指摘されている。

 保険料の掛け金の引き上げについて、IOCのトーマス・バッハ会長は「理事会では協議していない」と発言したものの、引き上げそのものは否定していないため、相応の対応が取られていることが考えられる。

 さらに、英国BBCの報道によると、IOCは入場券販売が目標額を下回った際に差額を補うためにかける通常の保険のほかに、スポンサー料や放映権収入を補填する保険も契約している可能性があるという。つまり、IOCは大会が中止となった場合に備えて、幾重にも安全策を講じていることになる。

 大会組織委員会については、開催都市契約第66条で、オリンピックが中止となった場合の補償や損害賠償を請求する権利を放棄し、第三者から請求や訴訟などに応じる旨が明記されている。

 この条文のみを見れば、大会の中止により、組織委員会の負担が大きくなることが予想されるが、大会組織委員会は「本大会の計画、組織、財務、運営にかかわるすべてのリスクを補償対象とする適切な保険を、自己負担で確保し維持するものとする」という開催都市契約第60条の規定に基づいて所定の保険に加入している。

 大会組織委員会が公表した平成30年度の貸借対照表をみると、

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