「日本型雇用」の幻想~「昔はみんな年功賃金と長期雇用だった」は本当か?
佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長
私にとってその名前は密やかな部類に属する。
近代日本や日本語の成り立ちを考える時に、丸山眞男や吉本隆明の著作に刻された活字の並びと言説を脳内に呼び出してしまうように、戦後の言論空間、社会思想の蠢きなどを思い浮かべようとすると、広島の原爆ドームの下の大群衆に向かって帽子を掲げる昭和天皇の写真を表紙にしたその大著『〈民主〉と〈愛国〉――戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社)のことを真っ先に考える。
その大著の著者、小熊英二・慶應義塾大学教授が記者会見のマイクの前に座った。雇用問題を考える日本記者クラブの会見企画のひとつで、小熊氏は昨年、日本型雇用システムなどを追究した『日本社会のしくみ――雇用・教育・福祉の歴史社会学』(講談社現代新書)を刊行した。
手振りを交えて早口で喋りだした小熊氏は、「このくらいのスピードで大丈夫ですよね」と問いかけながら、豊富なデータを基に、日本の雇用の仕組みと社会構成、その問題を報道する報道機関のあり方などを次々に説明した。
小熊氏が近年取り組んでいる雇用問題については、小熊氏のインタビューなどを折に触れて読んでいたため、その問題意識の中核部分は理解しているつもりだった。しかし、コロナウイルス禍などで今後経済情勢が急速に悪化していく恐れもある現在の状況下で、直接問題のありかを聞き、考えを進めてみると、まさに暗澹たる思いに沈まざるをえなかった。
記者会見の冒頭1時間、小熊氏はいわゆる「日本型雇用システム」の構造とその成り立ちの歴史について説明した。
まずは小熊氏の話に耳を傾けよう。

小熊英二氏