2020年03月27日
私にとってその名前は密やかな部類に属する。
近代日本や日本語の成り立ちを考える時に、丸山眞男や吉本隆明の著作に刻された活字の並びと言説を脳内に呼び出してしまうように、戦後の言論空間、社会思想の蠢きなどを思い浮かべようとすると、広島の原爆ドームの下の大群衆に向かって帽子を掲げる昭和天皇の写真を表紙にしたその大著『〈民主〉と〈愛国〉――戦後日本のナショナリズムと公共性』(新曜社)のことを真っ先に考える。
その大著の著者、小熊英二・慶應義塾大学教授が記者会見のマイクの前に座った。雇用問題を考える日本記者クラブの会見企画のひとつで、小熊氏は昨年、日本型雇用システムなどを追究した『日本社会のしくみ――雇用・教育・福祉の歴史社会学』(講談社現代新書)を刊行した。
手振りを交えて早口で喋りだした小熊氏は、「このくらいのスピードで大丈夫ですよね」と問いかけながら、豊富なデータを基に、日本の雇用の仕組みと社会構成、その問題を報道する報道機関のあり方などを次々に説明した。
小熊氏が近年取り組んでいる雇用問題については、小熊氏のインタビューなどを折に触れて読んでいたため、その問題意識の中核部分は理解しているつもりだった。しかし、コロナウイルス禍などで今後経済情勢が急速に悪化していく恐れもある現在の状況下で、直接問題のありかを聞き、考えを進めてみると、まさに暗澹たる思いに沈まざるをえなかった。
記者会見の冒頭1時間、小熊氏はいわゆる「日本型雇用システム」の構造とその成り立ちの歴史について説明した。
まずは小熊氏の話に耳を傾けよう。
「昔の日本はみんな年功賃金と長期雇用だったと言われますが、それは幻想です」
こう語る小熊氏によれば、「日本型雇用システム」の特徴とされる「年功賃金と長期雇用」は日本でも3割を超えたことはない。全体の就業タイプを大きく分類してみると、「年功型正社員」「学歴不問・経験不問の正社員」「自営業及び非正規」の三つに分かれ、それぞれが3分の1ずつを占める。
しかし、それにもかかわらず、「日本型雇用システム」を改革しようという議論になるとほとんど必ず上層の3分の1「年功型正社員」の話になってしまう。
これはなぜかと言うと、議論をリードする経済団体、それからマスコミの組織労働者である記者がこの上層3分の1に属しているため、下層の2タイプにまで目が届かないからだ。
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