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コロナ禍でアジア初の国境封鎖。イスラム国家マレーシアの厳戒態勢下の知恵

モスクでの大規模礼拝による感染者急増と政府の意思決定で高まった国民の危機意識

海野麻実 記者、映像ディレクター

 現在、世界各国では続々とロックダウン(都市封鎖)が宣言され、厳しい罰則や禁固刑なども課され始めている。アジア初の「事実上の国境封鎖」と「活動制限令」をいち早く発動したマレーシアでは、当初2週間(3月18日から31日まで)としていた国民の外出や企業の経済活動の制限を、さらに2週間延長する決定を下した。

日常の光景が消えた

 学校や企業、商店も原則全て閉鎖。病院や生活必需品の買い出しなどでやむを得ず外出する際も、「1家族につき1人まで」に加え、4月1日からはさらなる厳格化で「自家用車1台の車で移動出来る人数は運転手1人のみ」となり、違反した人々の逮捕が後を絶たない状況だ。つまり、夫が車を運転して、妻と日用品や食材の買い物に一緒に行く、などということも不可能となっている。警察が路上で行う検問は増え続けており、「妻がいないと何を買っていいのか分からないので付いて来てもらった」という夫婦が注意を受けたなどという話も聞く。

 住宅街でジョギングをしたとして、日本人4人を含む外国人駐在員など11人が一時拘束される事案も発生した。既に釈放されているものの、警察が注意したにもかかわらず、「不合理な言い訳をして」走り続けたため、とされている。

 日常で普通に許されていた光景は、今ここにはない。

クアラルンプール市内のスーパーマーケットでは、入店前に必ず体温チェックのうえ、“ソーシャル・ディスタンス”を1m以上保つことが求められる=2020年3月下旬(筆者撮影)

アプリでメッカの位置を確認して祈る

 こうした厳戒態勢下で、イスラム教を国教とするマレーシアでは、人々はどのように外出禁止令下の生活を送っているのだろうか。

 クアラルンプール市内に暮らすマレーシア人カマルディンさん一家では、祈りを自宅で捧げるようになった。小さな祈り用マットを寝室に敷き、スマートフォンのアプリでメッカの位置を確認、それぞれ静かに祈りの言葉を呟(つぶや)く。

 「確かに寂しいですよ。私たちイスラム教徒にとっては、モスクに行って礼拝することはとても重要な意味を持つのです、なぜなら信者同士が互いに集い、彼らと信仰を共にして、見知らぬもの同士でも握手を交わして労(ねぎら)う。こうして一体となって祈りを捧げることに深い意味があるのですが、しかし、アッラー(神)はこのような緊急事態においては、モスクに出掛けて祈らなくとも良い、とご教示くださっているのです」と、穏やかに話す。

「誰かのためになることをする、それがアッラーの教え」

外出が制限されるなか、自宅の大掃除をしたマレーシア人女性 「タンスの奥にあった不要な服をまとめて寄付に回したい」と微笑んだ=2020年3月下旬(筆者撮影)
 マレーシアで感染が急拡大した最大の原因は、モスクでの大規模礼拝により引き起こされた集団感染(クラスター)だ。1万6000人が参加したと言われているこの大規模礼拝の参加者から、家族、そして近隣の住民や知人、そしてそのまた家族へと、連鎖的に感染が拡大していることが指摘されている。今や感染者2908人、死者数45人のうち半数以上が、その礼拝の出席者、もしくは濃厚接触者であるのが現状だ。そのため、モスクは全て閉鎖され、自宅で祈りを捧げることが強く推奨されている。

 妻のシティさんは、この外出禁止のもと、少しでもイスラムの教えに沿って人々のためになることがしたいと、自宅にあった大量のマレー風の服を整理。恵まれない人たちへの寄付に回す予定だという。

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