石垣千秋(いしがき・ちあき) 山梨県立大学准教授
石川県生まれ。東京大学卒業後、三和総合研究所(現 三菱UFJリサーチ&コンサルティング)勤務、バース大学大学院(英国)、東京大学大学院総合文化研究科を経て2014年博士(学術)取得。2017年4月より山梨県立大学人間福祉学部准教授。主著に『医療制度改革の比較政治 1990-2000年代の日・米・英における診療ガイドライン政策』(春風社)。専門は、比較政治、医療政策。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
イタリア、スペイン、イギリス、ドイツの新型コロナとの闘いを医療制度から読み解く
イタリアで起きている新型コロナウイルスによる「医療崩壊」は、その遠因に大幅な病床削減、不足する看護師、少ないCT(コンピュータ断層撮影)の3要素が影響している可能性が浮かび上がりました。医療政策を研究する山梨県立大学の石垣千秋准教授が、多くの死者を出しているイタリアやスペイン、EUを離脱したばかりのイギリスを中心に比較検討しました。
1回目はイタリアの医療崩壊に与えた医療制度について分析しました。約7800人の医療従事者が感染し、うち約4000人が看護師です。「緊急事態宣言」が取りざたされている日本ですが、日本人はロックダウン(都市封鎖)に目が向きすぎているかもしれません。(「論座」編集部)
2020年1月23日、中国湖北省の武漢が封鎖された。少し前から報道されていた「新型肺炎」の蔓延によるものだ。その映像を見ても、日本人の多くは「日本ではこんなことは起こらない」と思っただろう。ましてやヨーロッパやアメリカの人にとっては、遠いアジアの一角で起きた「対岸の火」に過ぎなかっただろう。
ところが、3月12日にはWHO(世界保健機関)が「パンデミック」を宣言、2カ月あまりが過ぎた現在、イタリア、スペインで中国の公表死亡者数を上回り、フランスやアメリカのニューヨーク市では都市封鎖(ロックダウン)が行われている。東京都の小池百合子知事も「ロックダウン」の可能性に言及しながら外出自粛要請を続けている。
【世界各国の感染状況】
「Covid-19」と名付けられた新型コロナウイルスは、これから徐々に特性が明らかにされていくと思われる。現時点では感染の有無を判断するPCR検査の実施方法や、コミュニケーションの習慣の違いなどで、国ごとの感染拡大の規模やスピードの違いが説明されてきているが、実際には人口の高齢化の状況や医療へのアクセス、緊急時の政治など複雑な要因が絡みあっているはずだ。
こうした点はいずれある程度安全な状況になってから十分に検証される必要がある。今後、検討されるべき事柄の一つに医療制度の違いもあるだろう。ヨーロッパ、アメリカの医療制度が日本の制度と違い、日本人のイメージと最もかけ離れていると思われるのは、ヨーロッパ、アメリカの病院が(救急やごく一部の例外を除き)平時は外来診療を行っていないことである。
ヨーロッパの医療制度は大きく分けると、保険財源の面から二つに分けることができる。一つはドイツのビスマルクに由来する「ビスマルク式」で、社会保険を中心とした財源となっている。社会保険は、保険団体を企業や職能団体、地域別に構成することが多く、そこへの加入を国家が義務付けることによって公的制度としている。ビスマルク式では、負担と供給の関係が比較的明確である一方、国民皆保険を達成するのが困難で、保険者によって受益に違いが生じてしまうなどの問題がある。
もう一つはイギリスで第二次世界大戦の終了間際に発表された「ベヴァリッジ報告」に由来する「ベヴァリッジ式」で、税を主な財源として普遍的にサービスを提供する方式である。誰にでも普遍的にアクセスが保障される一方、税収とのバランスを考慮しながら抑制策も取られやすい。
現在、Covid-19で話題となっている国の医療制度を方式の違いを中心に整理すると次の通りになる。
ドイツ、フランスは日本と同様の社会保険の国であり、イギリス、イタリア、スペインが税による医療制度の国である。ほかに北欧諸国の税を財源とした医療制度である。
【財源による各国の保険制度の違い】