沢村亙(さわむら・わたる) 朝日新聞論説委員
1986年、朝日新聞社入社。ニューヨーク、ロンドン、パリで特派員勤務。国際報道部長、論説委員、中国・清華大学フェロー、アメリカ総局長などを経て、現在は論説委員。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
専門家との静かな暗闘、アメリカ・ファーストの呪縛、エゴの功罪……
新型コロナウイルスに対応する米国のトランプ政権の足元が定まらない。
「アンダー・コントロール」とさんざん楽観論を振りまいた後、3月中旬にようやく「国家非常事態」を宣言。感染者が日に日に急増する3月下旬に突然、「(4月の)復活祭明けに(経済活動を)再開させたい」と意欲を見せたと思えば、1週間もたたないうちに「経済は二の次」として自粛延長決定のUターン――。
目に見えない敵との総力戦が始まった米国の政治の中枢で、もうひとつの熾烈(しれつ)な「戦争」が繰り広げられている。“トランプ大統領とその支持者たちvs専門家”の闘いだ。その“専門家”集団を率いる顔として、米国民の間で人気がうなぎ登りの人物がいる。
アンソニー・ファウチ氏(79)。
1984年から米国立アレルギー・感染症研究所の所長を務める。今回の危機に対応するホワイトハウスのタスクフォースに加わり、日々の大統領の記者会見にも同席する。
「すぐワクチンができる」「暖かくなればウイルスは死ぬ」。トランプ氏は往々にして事実に反する楽観論や根拠の薄弱な見方を述べる。批判されたり誤りを指摘されたりするのが大嫌いなトランプ氏のメンツをつぶさないよう、ファウチ氏はやんわりと「修正」する。
科学誌サイエンスのインタビューには「(トランプ氏の)マイクの前に飛びだしていくわけにはいかないからね。次の機会に正すんですよ」と答えている。そんな熟練技をこなせるのも、レーガン政権以来6人の大統領の下で、エイズやSARS、エボラ出血熱など数々の感染症対策を指揮してきた経験のたまものだろう。
テレビにも積極的に顔を出し、飾らない物言いで新型コロナ問題を視聴者にわかりやすく解説する。たちまち「お茶の間」の顔になり、筆者の周囲にも「ファウチさんが好き」を公言する知人が少なくない。米メディアによると、さっそくファウチ氏の顔をあしらったドーナツや靴下が売り出され、大人気だという。
それでも、ファウチ氏ら感染症対策の専門家とトランプ氏との関係は緊張をはらんだものだった。