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緊急提言!「命」とともに「いのち」を守れ/中島岳志×若松英輔×保坂展人

緊急事態宣言が出され自粛圧力が強まる今、いまいちど考えてほしいこと(上)

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

子どもたちの「いのち」と向きあう知恵が問われる

中島 たとえ感染拡大を防ぎ、命を守るために必要な措置だったとしても、そのために子どもたちのいのちが削られることになってしまっては意味がないということですよね。

 いのちの問題には、「これが正しい」と単純に線引きできないさまざまな奥行きがあるのだと思います。

 そこで難しい対応を迫られたのが、4月からの学校の始業をどうするかという問題でした。世田谷区は、一旦、1日を午前・午後に分けて1学年ずつ3日に1日程度の「分散登校」という方針を発表し、濃厚接触を極力避ける形での部分的登校を決定しましたが、区内での感染者数拡大に応じて、方針を転換し、休校延長という措置に切り替えました。

 私は、大変的確な判断だったと思います。一旦決めたことを、状況の変化に応じて転換させるのは、大変勇気がいることです。過去の自己の判断を、部分的には否定することになるわけですから。

 しかし、これを冷静にできる政治家は信用できます。逆に過去の自分の決定の「正しさ」に固執する政治家は、非常に怖い。

 ただ、子どもたちのいのちを守るという課題は残っていますね。

 どうやって命を守りながら、いのちを大切にするのか。学校が休校でも学習環境を確保し、給食がない中、健康状態を保つのか。様々な事情で、家にいることがつらい子どもが一定数いることも事実です。行政の長として、大変難しい選択を迫られています。

保坂 この点は苦悩しています。このウイルスとのたたかいが長期戦となることが確実になる中で、感染リスクを避けながら、子どもたちの「いのち」と向きあう知恵が問われますね。

若松英輔・東工大教授 私も、今回の新型コロナウイルスの問題においては、命だけではなく「いのち」のことを考えるのが非常に重要だと考えています。自分と自分の愛する人たち、そしてそこにつながる「すべてのいのち」をどう大事に守っていくか。そのことが今問われていると感じます。

 今、日本に欠落しているのは「いのち」という観点でもあるのですが、「すべてのいのち」という視座だと私は思います。「命」は単独で存在する。でも「いのち」は違います。だからこそ、そこに分断が生まれると、自分のことでなくても、私たちはそこに痛みを感じる。

 今の社会においては、残念ながら私たちは身体的な命の面では完全に平等だとはいえません。同じように病気に苦しんでいても、最先端の医療を受けられる人とそうでない人がいるという事実が、はっきりと存在しているわけです。

 でも、いのちにおいては絶対にそうであってはならない。いのちは平等だ、という事も大切なのですが、いのちが存在するから、私たちは平等でなくてならないと、心底感じるということをまず認識したいと思うのです。

 平等と尊厳は、同じことです。いのちは本当の意味で平等でなければならない、そういう認識が広がれば、いのちの尊厳は守られる。

拡大若松英輔・東工大教授


筆者

中島岳志

中島岳志(なかじま・たけし) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究し、2002年に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)を出版。また、近代における日本とアジアの関わりを研究し、2005年『中村屋のボース』(白水社)を出版。大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。学術博士(地域研究)。著書に『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『パール判事』(白水社)、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『岩波茂雄』(岩波書店)、『アジア主義』(潮出版)、『下中彌三郎』(平凡社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『保守と立憲』(スタンドブックス)、『超国家主義』(筑摩書房)などがある。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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