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野党は今こそ「もう一つの自民党」でなく「別の世界」を示せ/中島岳志×若松英輔×保坂展人

緊急事態宣言が出され自粛圧力が強まる今、いまいちど考えてほしいこと(下)

中島岳志 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

今の政治に対する「オルタナティブ」とは

中島 多摩川の氾濫の話が出ましたが、私はあの災害のさなか、保坂さんのツイッターを見ていて非常に感銘を受けました。というのは、保坂さんはあの日、深夜までずっとツイートをされ続けていたんですね。それも、こういうとき為政者の多くがやるような、威勢のいい強い言葉での書き込みとはまったく違った。ただ、区に集まってくる情報を正確に、淡々と流し続けておられたんです。

 あれは、区民から見れば「区長は今、ずっと起きていて、私たちと一緒に災害と向き合っている」というふうに見えたと思います。

 同じように状況に不安を感じながら、自分たちと手を取り合ってそこにいてくれている、という感覚。まさにいのちのレベルに届く言葉だったと思うし、保坂展人という政治家を非常に象徴していたと感じました。同時にそれは、現在の自公政権に決定的に欠けている部分なのではないか、と思うのです。

若松 私は、今の政治の言葉に完全に欠落しているのは「生活」だと思います。自粛要請で仕事がなくなって、明日の生活費に事欠く人も大勢いるという中で、なぜかお肉券だ、お魚券だと言い出す。一人ひとりの「生活」がまったく見えていないし、そういう報道がなされること自体が、私たちをどれだけ傷つけ、危機的な思いにさせるのか考えもしていないのでしょう。

 さらに言えば、出されてくる対応がどれも場当たり的で、まったくビジョンが見えない。「多少の犠牲はしょうがない」ということを、どこかでにおわせているようにさえ感じます。「どの人もどの命も重要とする共同体」だと語ったメルケルとは、残念であるという意味で対照的です。

保坂 外出は自粛しろ、花見もダメだとする一方で、文部科学省は学校は再開させようとするし、旅行券の配布が検討されているというニュースまで流れてくる。あまりにも矛盾したベクトルの政策が飛び交っていますよね。文部科学省が出した「新型コロナウイルス感染症に対応した学校再開ガイドライン」も、完全に感染症の専門家に判断を丸投げしたような内容で、学校という場が、子どものいのちそのものが紡がれていく場所であるということに工夫が見えない。ここは学校現場に丸投げです。

 今回の件以外でも、検事長の定年延長問題や森友学園問題でも、政権はあまりにもひどい、がたがたの答弁を繰り返してきました。政府はきっといろんな問題を的確に処理してくれるはずだという信頼感が、これほどまでに大きく崩れたことはなかったのではないでしょうか。

 そういう状況の中で今、統治機構に強大な権限を与える「緊急事態宣言」が出されたことを、私たちはどう考えるのかということですよね。

中島 私は、ここまで失策が続きながらも、安倍政権が倒れることなく来てしまった最大の理由は、「オルタナティブ(もう一つの選択肢)がないこと」だと思っています。かつて政権交代を実現させた民主党政権も、あるいは前回の東京都知事選で「新党ブーム」を引き起こした小池百合子知事も、自民党とは異なるようでいて、大きな世界観という意味では「もう一つの自民党」に過ぎなかったのではないでしょうか。

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筆者

中島岳志

中島岳志(なかじま・たけし) 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授

1975年、大阪生まれ。大阪外国語大学でヒンディー語を専攻。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科でインド政治を研究し、2002年に『ヒンドゥー・ナショナリズム』(中公新書ラクレ)を出版。また、近代における日本とアジアの関わりを研究し、2005年『中村屋のボース』(白水社)を出版。大仏次郎論壇賞、アジア太平洋賞大賞を受賞する。学術博士(地域研究)。著書に『ナショナリズムと宗教』(春風社)、『パール判事』(白水社)、『秋葉原事件』(朝日新聞出版)、『「リベラル保守」宣言』(新潮社)、『血盟団事件』(文藝春秋)、『岩波茂雄』(岩波書店)、『アジア主義』(潮出版)、『下中彌三郎』(平凡社)、『親鸞と日本主義』(新潮選書)、『保守と立憲』(スタンドブックス)、『超国家主義』(筑摩書房)などがある。北海道大学大学院法学研究科准教授を経て、現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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