イタリア、スペイン、イギリス、ドイツの新型コロナとの闘いを医療制度から読み解く
2020年04月10日
スペインは新型コロナウイルスの対処に失敗し、WHO(世界保健機関)のデータでは、ヨーロッパでイタリアについで死亡者が多く、感染者に対する死亡者の割合は約10%と高い数値を示しています。「医療崩壊」を立て直そうと、中央政府が医学生や看護補助者に臨時的に資格を与え、70歳以下のリタイアした医師や看護師に現場復帰を求めるなど、医療従事者確保を積極的に行っています。
医療制度をみると、人口に比べて少ない看護師数、日本と違いまずGPや看護師が一時対応し、必要があれば病院や専門診療科へ紹介する診療スタイルです。オーバーシュート(爆発的感染拡大)の遠因になった可能性があるかもしれません。自治州の権限が強いスペインは、中央政府の保健相に権限を集中させて切り抜けようとしていますが、「緊急事態宣言」を出した日本の特措法は都道府県知事に具体的な施策を委ねている点が対照的です。
「医療崩壊」を防ぐためにも、現場を持たない医師や看護師らの招集などについて日本も見習うべき点があると思います。(「論座」編集部)
スペイン政府の発表によると、4月9日現在、新型コロナウイルス(Covid-19)による感染者が14万人を超え、死亡者が約1万4千人に達した。首都マドリード市に死亡者の6割が集中していると言われ、3月24日から葬儀が感染源になるのを避けるため、火葬や埋葬を停止しており、市内のスケート場などが遺体安置所にされる衝撃的な映像も日本で紹介された。
※Statista(州ごとの感染者数)https://www.statista.com/statistics/1102882/cases-of-coronavirus-confirmed-in-spain-in-2020-by-region/
スペインもイタリアと同様、ビスマルク式(社会保険)の医療制度からベヴァリッジ式(税)の医療制度へと転換した国である。ここでは、WHO欧州事務局のレポートやOECDのデータをもとに、スペインの医療制度から新型コロナウイルスのオーバーシュート(爆発的感染拡大)に焦点をあててみたい。
スペインでは、第二次世界大戦中の1939年に政権を樹立したF.フランコ将軍が、大戦後も国家元首の地位にとどまり、強固な中央集国家だった。しかし、1975年にフランコ将軍が死去し、1978年には憲法が改正され、議会君主制を維持しながらも17の自治州に権限が大幅に委譲する「自治州国家」となった。バスクやカタルーニャは独自の言語と歴史があり、スペインからの分離・独立を求める動きがある。日本の約1.3倍の国土で、人口は約4770万人、うち約485万人が外国人である。
地域による経済格差は大きく、EUが作成した所得地図(Eurostat)みると、首都マドリードやカタルーニャ州(州都バルセロナ)が比較的裕福なのに対し、南部は比較的貧しい地域である。
※Eurostat https://ec.europa.eu/eurostat/documents/7116161/7602830/0601EN.pdf
フランコ政権下でもドイツの影響を受けて福祉国家の建設は進められていたが、他のビスマルク式福祉国家と比較するとその発展は遅れていた。独裁政権下にあったために職能団体の力は弱く、社会保険によって医療が提供されていた当時でも、医師は給与制で報酬を得ていた。
憲法改正の後、1986年に保健法が制定され、ベヴァリッジ式の国民保健サービス(Sitema Nacional de Salud、英語ではSNSという略称)が創設された。制度の転換にあたって、イギリスのように職能団体と政治家との駆け引きはなく、比較的スムーズに移行がなされた。現在も医療従事者は給与制、医療機関は予算制で運営されている。
イギリスの国民保健サービス(NHS)と同様、普遍性、平等、公正を原則としているが、財源となる税は国税と地方税(州)からなり、州がサービス提供の責任を持つ。2008年のリーマンショックの後、財源は2009年に国税に統一され、薬剤を中心に患者の自己負担が増加した。しかし、2018年には州の自治に委ねるかつての制度に戻された。
ただし、イギリスのNHSのように全国民を対象としておらず、公務員や軍人に対する共済組合制度、労災の共済制度は従来の保険制度のままである。2002年には、さらなる憲法改正に伴って、保健及び福祉の権限が州に完全に委譲された。GDP(国内総生産)に占める医療費の割合は8.8%と先進国の中で低くなっている。原則として薬剤とごく一部の診療を除き、無償で医療が受けられる。
スペインでは、各州にあるプライマリケアセンター(GP:General Practitionerや看護師が対応)か、へき地の場合には地域の保健所などにまずアクセスする原則がある。GPが病院への入院、またはより専門的な外来医療に紹介する役割を担っている。
ここが日本のようなフリーアクセスの国と大きな違いであり、市民や感染対策における受診行動に影響を与えた可能性がある。
病院の経営主体別にみると、公的病院が75%程度でベヴァリッジ式の医療を提供している国としては低い割合である。他は営利の民間病院で自由診療である。カタルーニャ州の場合は他州と異なり、保健当局との契約に基づき民間非営利の病院がサービスを提供している。
国民の民間保険加入は任意のため、加入率は2001年の7.6%から上昇傾向にあるが、2017年現在16.5%になった。この割合は、ベヴァリッジ式の医療制度の国では高い割合で、イギリスでも10%程度である。市民が加入する目的は、GPや公的病院ではなく、自由診療の民間病院でより早く医療サービスを利用するためである。リーマンショック後の2009年から2015年には政府支出が減った分、民間保険を利用した自由診療が拡大し、自己負担が医療費の30%弱にまで達している。EU諸国の自己負担の平均が約24%であり、高い割合になっている。
医療の提供は州の保健当局が担当しているが、公衆衛生では「カルロスⅢ世 衛生研究所」があり、医療技術評価・費用対効果分析を行う機関のネットワークが充実している。(https://sede.isciii.gob.es/index.jsp)
今回の新型コロナウイルスの感染対策には、この衛生研究所が感染状況の分析やPCR検査の指導など、重要な役割を果たしている。
医療提供体制についてOECDのデータをみると、医師数はOECD諸国の平均が人口千人あたり3.5人であるのに対し、日本は2.4人だがスペインは3.9人と比較的多い。ベッド数は人口千人あたり3.0床である。
【OECD Healthデータから見る各国の医療提供体制】
スペインのGDPに占める医療費の割合は8.8%(2017年)で、OECDの平均とほぼ同じである。しかし、2010年代に入ってから医療費の上昇を抑えており、2015年には9.0%だった医療費の割合を8.8%にとどめている。人口千人あたりの病床(ベッド)数も緩やかに削減してきており、2018年には3.0床とOECD平均の4.7床より少なくなっている。
【GDPに占める医療費と人口千人あたりの病床数】
研究者や医療政策立案者らが、医療へのアクセス時間を国際比較するために用いる「股関節置換手術」への待機期間の比較をみると、病院への待機期間が長いと指摘されるイギリスよりも長く、州による差も大きい。たとえば、マドリードの付近では平均49日で手術が受けられるが、マドリードの東側から南側に位置するカスティラ-ラ・マンチャ州では平均156日になっている。
(https://ec.europa.eu/health/sites/health/files/state/docs/2019_chp_es_english.pdf p.18)
ここから読み取れるのは、ごく初期の医療へのアクセスは容易であっても、病院へのアクセスがよくないということだ。
イタリア同様、スペインも人口千人あたりの看護師数が少なく、5.7人にとどまっている。OECDの平均8.8人より少なく、イタリアの5.8人よりも低い。ただし、スペインでは看護師によって行われている業務の一部が、通常時から「看護補助者」によって実施されているとWHOの報告書にも特記されており、単純に人材不足とは言い難い面もある。
看護師の約2.1%(2017年時点)は海外から受け入れており、主にはラテンアメリカ諸国、ポルトガル、ルーマニアである。
医師数は人口千人あたり3.9人と、OECD平均の3.5人よりわずかに上回っているものの、慢性的に不足しており、約10%が海外から受け入れた医師である。主に言語が同じラテンアメリカ諸国、地理的に近いドイツ、イタリアから受け入れている。
スペインのCTの台数もOECD平均の26.8台より少なく、人口100万人あたり18.5台である。ただし、参考までに1台あたりの検査実施数を算出してみると、1台あたり6000件を超える検査が実施されており、イタリアとは違う。
(編集部注:Covid-19の診断では、PCR検査が注目されているが、肺炎の診断をする際、一般には臨床症状に加え、レントゲン撮影で行われる。しかし、日本でも報告されているが、レントゲンでは肺炎症状が見つからず、CTで初期の肺炎が見つかるケースがある。治療薬がない中、抵抗力の弱い人の場合、ウイルスの増殖が激しく急激に悪化する場合があるので、早期発見し対症療法に結びつけることが重要とされている)
【CT1台あたりの検査数の比較】
3月10日、中央政府は公衆衛生法を改正し、薬剤や医療機器など、新型コロナウイルス感染症の治療に必要とする機器を中央政府で買い取り可能にした。
3月14日には国家の非常事態を宣言し、保健相が感染対策に必要な資源、たとえば軍への支援の要請、民間医療機関やホテルなどに感染者を分配・指示する権限が与えられた。また、製薬業や公衆衛生に必要な製品について、関連業界に指示できる権限も有することになった。(https://www.boe.es/buscar/act.php?id=BOE-A-2020-3692)
医師や看護師ら医療従事者の確保の面では、平時は国民保健サービスの外にある軍や公務員の共済組合、労災のための共済組合、さらに自由診療の民間医療機関の人材も活用して適正配置を行えるようにした。
具体的には、EU以外の国の出身者で、まだスペインの診療資格が未認定の医師を保健当局が雇用することを認め、退職した医師、看護師(いずれも70歳以下)の現場復帰を促し、プライマリケアセンターなどに配置した。
加えて
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