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CAも活用 イギリスの大胆な新型コロナ対策 日本も見習うべきだ

イタリア、スペイン、イギリス、ドイツの新型コロナとの闘いを医療制度から読み解く

石垣千秋 山梨県立大学准教授

 「イギリスでの新型コロナウイルスの感染拡大に意外性は感じない」――。こう話すのはインフルエンザが流行した1999年冬をイギリスで過ごしていた経験がある政治学者の石垣千秋さんです。日本とは、患者が医療にアクセスする仕組みが違うため単純に比較できませんが、3月末に成立した「コロナウイルス対策法」や関連する対策の中には見習うべきことがあると指摘しています。イギリスの大胆な施策を解説してくれました。(「論座」編集部)

感染者に占める致死率は約12%

 筆者は1999年の冬、イギリスで高齢者を中心としたインフルエンザの患者でICUが埋まってしまい、肺がん患者の手術の予定が何度もキャンセルされ、がんが進行し、手術できない状態になったというニュースが繰り返されていたのを経験している。だから、イギリスでの新型コロナウイルス(Covid-19)の感染拡大に意外性は感じない。

 4月11日現在、イギリス全土で感染者数は、約7万9000人で死亡者数は約9900人に達している。感染者に占める致死率は約12.5%で高い。

イギリスロックダウン「Public Health Emgland」のHPから引用

 感染者の分布はロンドンを中心にイギリス全土に及ぶ。これまで「医療崩壊」に見舞われたベヴァリッジ式の医療保険制度を導入しているイタリア、スペインについて考察してきたが、その医療制度の母国がイギリスで、イギリス全土のロックダウンに至るほどの感染拡大になった遠因とそれへの対応をみてみたい。

 イギリス政治はEU離脱(ブレグジット)をめぐって2019年秋に混乱を極め、ようやく離脱に至ったところに、新型コロナウイルスによる危機に見舞われた。3月24日、イギリス全土の封鎖が宣言され、現在も継続中だ。

イギリスロックダウンロンドンでコロナウイルス患者を収容する病院の近くで学生が掲げたアウトブレイクと闘っているNHSのスタッフを応援する貼り紙=AP

 2019年秋、ジョンソン内閣は、EUの離脱条件が議会でまとまらないという試練に遭遇していた。11月6日に下院の解散、12月12日の総選挙の結果、保守党が下院650議席のうち365議席を獲得する大勝利を収め、鉄道の再国有化などの政策を打ち出した労働党は歴史的大敗退という結果となった。2020年1月31日午後11時(大陸の時間で0時)をもって、イギリスはEUを離脱した。

OECDの中でも少ない医師数や病床数

 保守党政権の成立後、緊縮財政により、国民のNHS(国民保健サービス、National Health Service)への満足度は低下していたが、2019年にはやや回復したところだった。ただし、医療提供体制についてOECDのデータをみると、イギリスの医師数は人口千人あたり2.8人、病床(ベッド)数は人口千人あたり2.8床であり、医療資源が潤沢とは言い難い。

OECD Healthデータから見る各国の医療提供体制

イギリスロックダウン出典:OECD HealthData2019

(1)病院へのアクセスの悪さ

 イギリスでは、救急の場合を除き、まずGP(General Practitioner)を受診し、GPによって専門医の診療を受けることが必要と判断される場合に、紹介状が病院に送られ、患者が病院を受診する仕組みである。だが、以前の連載「あなたは『ゆりかごから墓場まで』を望みますか?」でも記述した通り、地域差があるとはいえGPの受診でさえも2日程度の時間を要することもあり、日本のように軽い症状でもすぐ受診するという習慣がなく、市販薬で対処しようとする傾向がある。

 さらに病院へのアクサスはさらに良くない。受診のために数週間の待機時間を要することも多い。この点は以前から問題であり、総選挙の度に各政党のマニフェストに取り上げられてきた。

 近年新たに浮上しているのは、いわゆる「社会的入院」の問題だ。イギリスでも高齢化が進んでおり、急性期病床が退院後の行先がない高齢者に利用されているのである。福祉国家として知られるイギリスだが、他のヨーロッパ諸国と比較して老齢年金の給付水準が低く、日本の介護保険のような要介護高齢者の保障制度は十分に整っていない。介護費用を賄うために高齢者が貧困に陥ることも少なくない。

 このように医療機関へのアクセスが良くないという日常的な環境や習慣が、今回の新型コロナウイルスの感染拡大につながる遠因の一つと考えられる。

(2)CT台数・検査実施数の少なさ

 CTも、人口100万人あたりの保有台数は9.5台とOECDの主要国の中では目立って低い(OECD平均26.8台)。実施数も人口千人あたり92.3件(OECD平均144.1件)と、イタリアの89.9件に次いで低い。これも新型コロナウイルスの感染拡大につながる遠因の一つであると推測される。

(編集部注:Covid-19の診断では、PCR検査が注目されているが、肺炎の診断をする際、一般には臨床症状に加え、レントゲン撮影で行われる。しかし、日本でも報告されているが、レントゲンでは肺炎症状が見つからず、CTで初期の肺炎が見つかるケースがある。治療薬がない中、抵抗力の弱い人の場合、ウイルスの増殖が激しく急激に悪化する場合があるので、早期発見し対症療法に結びつけることが重要とされている)

不要不急の海外渡航禁止は3月になってから

 イギリス政府の新型コロナウイルス対策の初動は、欧州諸国の中でも遅かった。新型コロナウイルスの発生が伝えられた1月から政府は、手洗い、咳エチケット、社会的距離(social distancing)の啓発活動を積極的に展開していた。しかし、不要不急の海外渡航とクルーズ船の利用が禁止されたのは、3月になってからだ。その後政府は「外出を止めよう、NHSを守ろう、命を守ろう」をスローガンとしたキャンペーンを展開した。

 ロックダウンの施策をとる前の3月13日、発熱や咳が継続する場合には、症状の出現から7日間自主隔離を、3月16日からは症状がある人と同居する人は14日間の自主隔離を政府は国民に要請した。ただし、入院患者を除き、こうした対象者には検査を実施していない。

イギリスロックダウンロンドンにある食品スーパー「コストコ」の外で社会的な距離をあけながら順番を待つ買い物客=AP

 さらに3月21日には免疫抑制剤の利用者や臓器移植を受けた人など、重症化リスクが高い人は自宅に待機するよう要請した。同日、ジョンソン首相、財務相、主席医療官(CMO: Chief Medical Officer)の補佐官が会見を実施し、週末にパブ、飲食店を閉店するように要請した。すでに財務省は3月11日に300億ポンド(1ポンド=134円で4兆2000億円)の特別予算を発表しており、休業対象の事業者、影響を受けるフリーランスの労働者に対して、過去3年間の所得平均所得の80%を補償(上限2500ポンド、1ポンド=134円で33万5000円)するとした。

イギリスロックダウンジョンソン首相の演説を伝えるイギリス首相官邸のHPから引用(https://www.gov.uk/government/speeches/pm-statement-on-coronavirus-22-march-2020)

 主席医療官は、イギリスにおける感染症との闘いの歴史に由来する行政職である。1848年、イギリスでは早くも公衆衛生法が制定され、1854年には疫学の祖とされるジョン・スノウがコレラの発生源となったロンドンの井戸を突き止めたことで知られる。最初の主席医療官が指名されたのは1855年であり、以降設置されてきた行政職(学界の長などを首相が指名)である。主席医療官は「国家の医師」として政府のアドバイザーを務める。日本が事態の発生に合わせて「専門家会議」を構成しているのとは対照的に、常に医学面のアドバイザーが官邸と近い行政職にいるのである。

社会機能維持する家庭の子どもや障がい児、貧困家庭は通学認める

 政府の対応が大きく変化したのは3月下旬だ。日本は2月27日に小・中・高等学校や特別支援学校の「一斉休校」要請が打ち出されたが、イギリスでは3月23日になって、学校、大学、保育園の休校に踏み切った。ただし、医療、福祉や交通、電気・ガス・水道などのインフラ、食料の供給に関わる従事者の子ども、障がい児、貧困家庭(学校で食事が提供される)等の事情がある子どもは通学が認められた。

 イギリスがロックダウンに踏み切ったのは3月24日である。ジョンソン首相が「皆さんに単純なメッセージを伝える。家にいなければならない!」(You must stay at home!)と演説し、全土の飲食店の閉店(テイクアウトのみ可)を命じた。

 その首相自身も感染が確認されて入院し、一時はICU(集中治療室)に入っていたが、4月11日現在、病状が回復して一般病棟に移ったとされている。ジョンソン首相の入院以来、ドミニク・ラーブ外相が職務を代行している。4月12日にキリスト教の復活祭(イースター)をはさんで、4月10日から4月13日にはイギリスの祝日にあたる「バンク・ホリデイ(Bank Holiday)」を迎えたが、前日にはラーブ外相が「まだ状況は厳しい」と引き続きの外出禁止を守るよう呼びかけた。

イギリスロックダウンロックダウンが続くロンドンで3月31日、公園でジョギングする人たち=AP

退職者や医学生を臨床現場に投入

 もう少し細かくみてみよう。日本の特措法とイギリスが3月末に「コロナウイルス対策法」で打ち出した大胆な対策には大きな違いがあるようだ。

 一つ目は、

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