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新型コロナ報道にみるメディアと言葉の本質的な問題

世の中を滑らかにするために真摯な言葉選びを

佐藤信 東京都立大学法学部准教授(現代日本政治担当)

細部への心配りは欠如していないか

 これから現下のコロナ報道について論じる。重箱の隅をつつくように思われるかもしれない。けれど、わたしはここでマスメディアと言葉についての本質的な問題を取り扱おうとしている。

 マスメディアの影響力は甚大だ。こたび、安倍政権は国民世論に押し切られるかたちで制限なしの10万円給付へと舵を切った。これ自体、日本政治の文脈では大変重要で本格的な分析が求められるが、ここでは4月3日に一定の所得減少世帯を対象に30万円給付という政府与党の当初の方針が明らかにされたときのことを扱いたい。このとき、大々的にニュースを飾ったのは「30万円給付」というヘッドラインであった。その時点でだれが対象になるかは十分には報道されなかった。

 その後、この30万円を受け取ることがどれだけ狭き道で、また難儀なものであるかが頻りに報道された。一度は一安心した国民は一気に暗澹(あんたん)たる気分になった。政府与党の情報提供に問題もあっただろうが、その給付金額にのみ焦点を当てたマスメディアにも大きな責がある。

 本来、金額の多寡は給付対象の幅と併せて初めて意味を持つ。額が30万円に嵩上げされても、自分の家が対象にならなければ意味はない。マスメディアは初めからそこまで掘り下げて報道すべきだった。

 この件に限らず、また政府与党に限らず、マイナス面を隠してプラス面を強調しようとするのは、情報提供者の常ではないか。そのマイナス面も詳らかにして全体像を提示するのは報道の役割だ。

 マスメディアの劣化は多く「マスメディアのあるべき姿」とか報道倫理とか、大仰なものに結びつけて語られる。それもないとは言わないが、給付対象の話は、自分事として少し考えればわかること。原因はむしろ細部への心配りの欠如に巣食っているのではないか。

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筆者

佐藤信

佐藤信(さとう・しん) 東京都立大学法学部准教授(現代日本政治担当)

1988年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程中途退学。博士(学術)。東京大学先端科学技術研究センター助教を経て、2020年より 現職。専門は現代日本政治・日本政治外交史。著書に『鈴木茂三郎 1893-1970』(藤原書店)、『60年代のリアル』(ミネルヴァ書房)、『日本婚活思想史序説』(東洋経済新報社)、『近代日本の統治と空間』(東京大学出版会、近刊)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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