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自死した近畿財務局職員のパソコンを開くと

[183]近畿財務局職員自死取材、首相記者会見、植松聖被告(死刑囚)に接見……

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

3月25日(水) 森友学園事件の近畿財務局職員自死の週刊文春スクープを追いかけるべく、本腰を入れて動き出す。きのうに続き大阪へ。今回の民事訴訟の代理人に話を詳しく聞く。きのう会った松丸正弁護士とペアを組んでいる生越照幸弁護士は、実に話をしやすいナイスガイ(死語かな?)だった。メディアの取材が殺到しているだろうに丁寧に対応いただいた。

 それにしても、この「コロナの時代」にいのちの重さを考え抜くこのケースに関わることになろうとは、どこか必然のようなものを感じる。自死した近畿財務局の赤木俊夫氏が、こころを病んで通院するようになってから自らの病状を刻々と書きつけている文を目にして、赤木氏の苦しみが生々しく伝わってくる。まいった。

財務省近畿財務局職員だった赤木俊夫さん。写真は展覧会を見に東京国立博物館を訪れた時のもの=2016年、東京都台東区、妻提供拡大財務省近畿財務局職員だった赤木俊夫さん。展覧会を見に東京国立博物館を訪れた時の写真=2016年、妻提供

 その後、元参議院議員のたつみコータロー(辰巳孝太郎)氏への取材。辰巳氏の国会での森友追及は迫力があったが、それもそのはずで、「物証」を手に入れていてそれに基づく質問をしていたのだから、説得力があった。辰巳氏から話を聴いていて一気に過去の記憶が蘇ってきた。

 2018年6月18日。辰巳氏の国会質問があった日だ。この日、大阪北部地震が起きて僕は現場取材中だった。そこに東京から連絡が入って、岡山に転じたことがあった。先頃急逝した社会部の後輩記者・岩波君と一緒だった。近畿財務局職員で自殺した赤木さんのご実家が岡山県内にあって、そこに岩波記者とともに訪ねて行ったのだった。お父様には直接会うことが叶わなかったが、ご実家のゴミ箱には葬儀に使われた生花が捨てられていたことをなぜか強烈に覚えている。

 辰巳インタビューの後、僕は東京で用事があって、取材クルーと別れて空路、東京に戻った。用事というのは、実は早稲田大学のゼミ授業の教え子たちと会うためだった。コロナウイルス禍で、今年の卒業生たちは散々な目にあっていた。卒業式は中止になり、みんな学生生活の最後の思い出の日々をいろいろな意味でうまく区切りをつけられなかったのではないか。

 特に早稲田のジャーナリズムコースは、中国からの留学生が多く、マスター・コースを修了した時は、中国から両親が来日して修了を派手にお祝いしたりしていた。それが今年の場合、中国からの両親の来日は禁じられており、本人も帰国するにあたっては大変な目にあっていた。苦労して修了したせめてものお祝いにと、ささやかな小宴を計画していたのだった。僕を含めて全部で9人が集まったが、明日以降の森友取材を考えて僕は酒を控えた。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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