2020年04月20日
新型コロナウイルス対策で加速する韓国政府はコーナーを曲がりきれるか
4月15日に行われた韓国の総選挙。「この時期に選挙ですか?」と日本では驚く声もあるようだが、66.2%という過去28年間で最高の投票率で無事に終わった。ニュースでも伝えられているように、与党「共に民主党」系が300議席中の180議席を獲得、過半数をはるかに超える「圧勝」という結果となった。
与党勝利の最大原因は新型コロナウイルス対策の成功である。2月末に起こった大邱市での感染爆発から医療崩壊寸前という危機的状況を脱出、確定診断者(韓国では「感染者」という単語は使わない)数のカーブは下降を続け、最近は二ケタ~一ケタ台まで下がっている。世界の危機を鑑みれば、どうみても優秀である。
「韓国は全てがナイスだよ。自分はしばらくここにいるつもり」
たまたま仕事で韓国にいた米国人の知り合いは、自分の家があるカルフォルニアと比べても、ソウルがいかに恵まれているかを力説する。
「だって、アメリカでは外出も自由にできないんだよ。韓国はどこに行くのも自由だ」
ニュースでロックダウン(都市封鎖)した欧米の様子を見れば、韓国人も彼と同じように感じるだろう。さらに検査キットの不足に悩む国への輸出や海外向け支援などの報道も多い。3月25日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙は、その件にふれられていた。
「トランプ氏、韓国に医療用品の支援要請 コロナ感染増に対応」
ついに韓国が米国を助ける側に回る。このことは韓国の歴史から考えれば、とても感慨深いものがある。こうなれば「現在の韓国政府は優秀なんだ」と韓国の人々が思っても不思議ではないだろう。「現在」というのは、もちろん過去の自国政府と比べてもという意味だ。
「これが朴槿恵政権だったら、どんなことになっていたか」
多くの人から聞いた言葉だ。人々には朴政権下でのMERS(中東呼吸器症候群)の苦い経験があるし、何よりも4月になれば否が応でも「セウォル号」の記憶が蘇る。救える命を救えなかった6年前の悲しい記憶。奇しくも選挙の翌日は4月16日、事故の6周年にあたっていた。
「セウォル号事件」については6年前、この論座の第1回目の記事(「船長や船員は何故さっさと逃げたのか」)にも書いているので、関心のある方は参考にされたい。またMERSについても書いている(「なぜ韓国で? MERS感染拡大の背景」)。それらの事件と今回の選挙結果は深い関係がある。というか、連続したものである。
今回の韓国総選挙は文在寅政権の勝利であると同時に、野党である「未来統合党」の敗北であった。「こっちが勝てばあっちが負けなのは当たり前でしょう?」というのはもちろんだが、野党の敗北は今回、与党の勝利以上に重要なのである。「未来」という名前に反して「過去の遺物」を引きずったこの党の前身は「自由韓国党」、その元を辿ればセヌリ党、つまり朴槿恵政権時代の与党である。政治的にはいわゆる保守派。それはいいのだが(民主主義社会にはいろいろな主義主張が必要である)、中心にいるメンバーがよくなかった。
特に党の看板となった黄教安代表は朴槿恵政権下で法務大臣→首相(2015年6月18日~2017年5月11日)まで務めた人物であり、朴大統領が弾劾によって職務停止になった後には大統領も代行した。もともとは公安畑出身の検事であり、入閣から一貫して「朴大統領がもっとも信頼を寄せる人物」とも言われていた。セウォル号事件の時は法務大臣であり、多くの責任を問われる立場であった。
今回の選挙では鍾路区というソウルの中心地から出馬して落選。対抗馬の李洛淵氏は文在寅政権の初代首相であり次期大統領候補の一人とも目される。最も注目された選挙区における野党党首の敗北は今回の総選挙を象徴したが、さらに野党の大統領候補の一角にある羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)氏や前ソウル市長の呉世勲(オ・セフン)氏などの「大物」が次々に落選した。「知っている政治家がどんどん落ちている。みんな旧時代の人ですが……」というあたりが、一般人、特に若い世代の感想ではないだろうか。
今、韓国では様々な選挙総括が出ている。その中の一つ、「政治コンサルティング・民」のパク・ソンミン代表は保守野党が惨敗した理由の中で、特に若い層が背を向けた理由
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