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あの時、米朝開戦は目前に迫っていた

第5部「『炎と怒り』から『恋に落ちた』―戦略なき衝動外交」(1)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 トランプ政権1期目の外交政策における最大のレガシー(政治的遺産)は史上初めての米朝首脳会談といってよい。2017年、米朝関係は軍事衝突寸前の緊張局面にあったが、トランプ氏は2018年に急転直下、対話路線へと転換し、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と3回の首脳会談を行った。しかし、トランプ氏のトップダウンによる衝動的な決断が目立ち、北朝鮮の非核化をめぐる米朝交渉は停滞を続けている。これに加え、アメリカ・ファーストで米国の利益ばかりを最重視しているため、国際社会による北朝鮮包囲網にゆらぎも出ている。トランプ氏の北朝鮮政策を検証する。

「極めて戦争に近い状況にあった」

 2017年秋、北朝鮮情勢は最も緊迫した局面を迎えていた。

 「我々は平昌五輪に参加するべきでしょうか? それとも参加は危険過ぎるでしょうか?」「12月までに戦争は起きると思いますか?」

 ビンセント・ブルックス在韓米軍司令官(陸軍大将)と面会した各国大使らは、口々にこう尋ねた。年明け2月に予定されている平昌冬季五輪の開催が目前に迫り、北朝鮮情勢の命運を握る米韓連合軍トップの考えを知りたがっていた。

ビンセント・ブルックス前在韓米軍司令官
 ブルックス氏は「私にもどうなるかは分からない」と前置きしつつ、「明確に言えるのは、我々の目的は戦争ではないということだ。北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の考え方を変え、外交的な路線を定着させることにある」と語った。

 「ただし……」とブルックス氏はつけ加えた。

 「この現実と深刻さを過小評価してはいけない。お互いに意図してではなく、読み違えを通じて戦争は起き得る」

 これがブルックス氏の率直な意見だった(ビンセント・ブルックス氏へのインタビュー取材。2020年1月4日)。

 ブルックス氏は2016年4月~18年11月まで在韓米軍司令官を務めた。在韓米軍司令官は米韓連合軍司令官、国連軍司令官も兼務している。ブルックス氏の場合、これらの役職に加え、駐韓米国大使が1年以上にわたって不在だった時期もあり、マーク・ナッパー駐韓大使代理とともに現地での米政府高官としての役割も果たしていた。

 ブルックス氏は17年当時を「我々は極めて戦争に近い状況にあった」と振り返る。

トランプの「炎と怒り」

 トランプ大統領は8月、弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮に対し、「(北朝鮮は)世界が見たことのないような『Fire and Fury』(炎と怒り)を受ける」と威嚇(The White House. “Remarks by President Trump Before a Briefing on the Opioid Crisis.” 8 August 2017.)。さらに9月、北朝鮮が核実験を強行したことをめぐり、国連総会で「もし我々と同盟国を守らなければならないのであれば、北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」と踏み込んだ(The White House. “Remarks by President Trump to the 72nd Session of the United Nations General Assembly.” 19 September 2017.)。

 米軍は11月中旬、三つの空母打撃群を日本海に派遣し、北朝鮮に対する軍事的圧力を強めた。1990年代に北朝鮮の核・ミサイル開発が表面化して以降、原子力米空母3隻が日本海に集結するのは初めてのことだった。

 日本の外務防衛当局者は「米空母3隻が同時にそろうのは、米国の過去の軍事行動を考えた場合、米国が相手国に対し、軍事行動を取る即応態勢と意思があることを示すシグナルになる」と語った。

 米海軍は11月13日、朝日新聞を含む一部メディアに軍事演習に参加した米原子力空母ニミッツの訓練の様子を公開した。ニミッツの甲板上では、空母艦載機FA18戦闘攻撃機などが次々と轟音を立てて発着艦の訓練を繰り返した。

 米原子力空母ニミッツが所属する第11空母打撃群のグレゴリー・ハリス司令官は「空母3隻がこの地域で共に作戦行動を取ることは、米国はいかなるとき、いかなる場所でも火力を持ってくることができるという力強いメッセージになる」と語った(グレゴリー・ハリス氏へのインタビュー取材。2017年11月13日)。

 ブルックス氏によれば、2017年から18年初頭、米韓合同軍事演習時に米軍3万4千人が韓国に集結し、韓国軍62万人も合わせて即応態勢を整えていたという。トランプ氏が「炎と怒り」を宣言した17年秋当時、先制攻撃計画や単独攻撃計画を含めた軍事行動の「すべての選択肢」を米軍内部でひそかに検討していたという。

 「我々が当時、米韓両大統領のためにすべての軍事行動の選択肢をそろえることは極めて重要だった。核計画など一部の選択肢は(韓国側と)共有していないものもあった。先制攻撃や単独攻撃を実際に行うかどうかは別として、どちらの選択肢も検討する必要はあった」

ホワイトハウスで記者団からの質問に答えるトランプ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影、2019年8月23日

日韓から米国人退避も一時検討

 米政権内では2017年秋、韓国と日本に住む数十万人の米国市民を早期退避させる計画も検討されていた。

 ブルックス氏によれば、ワシントンでは当時、複数の政府当局者や上院議員、退役将校らが「戦争が始まる方向であるならば、米軍は米国市民を退避させる責任がある」と主張し、トランプ氏も「同様の考えを持っていた」という。

 米軍の非戦闘員退避作戦(NEO)で第一義的に対象となったのは、韓国に在住する米軍兵士の家族や一般の米市民ら数十万人。北朝鮮の攻撃で日本にも危険が及ぶ場合は、日本に在住したり、韓国から日本に一時的に避難したりした米国市民も対象だったという。

 ただし、ブルックス氏は実際の早期退避行動を行うためには、①敵意から身体に直接危害を加える状況へと変わってきている②北朝鮮への戦略的圧力として効果がある――のいずれかが必要だと考えていたという。

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