第5部「『炎と怒り』から『恋に落ちた』―戦略なき衝動外交」(3)
2020年05月09日
トランプ政権1期目の外交政策における最大のレガシー(政治的遺産)は史上初めての米朝首脳会談といってよい。2017年、米朝関係は軍事衝突寸前の緊張局面にあったが、トランプ氏は2018年に急転直下、対話路線へと転換し、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と3回の首脳会談を行った。しかし、トランプ氏のトップダウンによる衝動的な決断が目立ち、北朝鮮の非核化をめぐる米朝交渉は停滞を続けている。これに加え、アメリカ・ファーストで米国の利益ばかりを最重視しているため、国際社会による北朝鮮包囲網にゆらぎも出ている。トランプ氏の北朝鮮政策を検証する。
シンガポールサミットはトランプ、正恩両氏が個人的な信頼関係を構築する機会となったが、その後の具体的な内容を詰める米朝高官協議は難航を極めた。
米側責任者であるポンペオ国務長官はシンガポールサミットから1カ月後の7月初旬、平壌を訪問し、正恩氏の最側近である金英哲朝鮮労働党副委員長と会談した。
会談後、ポンペオ氏は「誠実で生産的だった」と評価したものの、北朝鮮外務省報道官はポンペオ氏を「強盗(ギャングスター)的な非核化要求」と痛烈に非難した。
米側は北朝鮮側に対し、シンガポールサミットにおいて正恩氏が約束した非核化を実現するため、秘密施設を含むすべての核関連施設の完全な申告を最優先に行うように要求した。北朝鮮の非核化に向けたロードマップを作成するために必要な基本情報だからだ。
しかし、北朝鮮側は経済制裁の緩和など非核化措置への「見返り」を要求。米側の要求に強く反発し、両者の主張は平行線をたどることになった。
米朝交渉の難航は、事前に予想されていたものだった。原因はシンガポールサミットで両首脳が合意したあいまいな表現の共同声明にある。
米側が米朝交渉の最大のテーマだととらえている北朝鮮の非核化に関しては、4本柱のうち(3)に記載。ただし、「朝鮮半島の完全な非核化」という表現であり、「北朝鮮の完全な非核化」とは規定されていない。共同声明では、非核化のみならず、(1)(2)で米朝関係の関係改善や朝鮮半島の平和体制の構築についても合意している。北朝鮮側が非核化ばかりを取り上げる米側の対応を「一方的な要求」と批判する根拠を与えている。
シンガポールサミットは元々、ホワイトハウス高官が開催直前の5月下旬、記者団に対するブリーフで「6月12日に開催することは(今から)10分後に開催することと同じだ」と説明していたほど、米側の準備不足の中で行われた。
その結果、共同声明の内容は「行動対行動」の原則を重視した過去の合意と比べても大幅に後退した。北朝鮮側が自分たちに都合良く解釈できるようにあいまいな表現に終始し、北朝鮮の非核化を具体的に進めたい米側にとって不利な合意内容となっていた。
しかし、ポンペオ国務長官ら米側交渉責任者にとってみれば、トランプ氏自らが主導した米朝首脳会談を「成功」とうたっている以上、首脳間の合意をひっくり返すほどの強気の態度をとることはできない。シンガポールサミット後の米朝高官協議は、おのずとポンペオ氏ら米側が非核化交渉の協議促進を北朝鮮側にお願いする一方、北朝鮮側が米側の態度を非難して協議を渋るという構図が固まっていくことになる。
米朝高官協議の難航とは対照的に、トランプ、正恩の両首脳は書簡のやりとりを通じて良好な関係を保ち、トランプ氏は「(正恩氏と)恋に落ちた(C-SPAN “President Trump Campaign Rally in Wheeling, West Virginia.” 29 September 2018.)」とまで絶賛。正恩氏を「ロケットマン」と揶揄した1年前と比べるとその態度は様変わりした。
そんな両者が米朝高官協議の行き詰まりの末、自分たち自身によるトップ会談による打開を目指そうとしたのは当然のなりゆきといえる。
2回目となる米朝首脳会談は2018年2月27日、ベトナム・ハノイのメトロポールホテルで始まった。
2日目の28日午後零時半過ぎ、国際メディアセンター内のプレスセンターに詰めていた記者たちにホワイトハウス記者会の代表取材団から一報が入った。
「サンダース大統領報道官が『スケジュールが変わった』と言っている――」
最終日となる28日には、トランプ、正恩両氏らの昼食会が行われたのち、合意文書の署名式が行われる予定だった。しかし、昼食会の開催は45分以上にわたって遅れていた。
現場の代表取材団からはさらに「合意文書の署名式が行われない可能性が高い」という情報ももたらされた。その後、プレスセンターの巨大スクリーンに両首脳の車列がホテルを出るシーンが中継された。
予兆はあった。
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