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米朝交渉は「失敗する運命」にあるのか

第5部「『炎と怒り』から『恋に落ちた』―戦略なき衝動外交」(5)

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

 トランプ政権1期目の外交政策における最大のレガシー(政治的遺産)は史上初めての米朝首脳会談といってよい。2017年、米朝関係は軍事衝突寸前の緊張局面にあったが、トランプ氏は2018年に急転直下、対話路線へと転換し、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と3回の首脳会談を行った。しかし、トランプ氏のトップダウンによる衝動的な決断が目立ち、北朝鮮の非核化をめぐる米朝交渉は停滞を続けている。これに加え、アメリカ・ファーストで米国の利益ばかりを最重視しているため、国際社会による北朝鮮包囲網にゆらぎも出ている。トランプ氏の北朝鮮政策を検証する。

北朝鮮は核ミサイル開発をやめず

 トランプ大統領のアメリカ・ファーストにもとづく北朝鮮政策が内政上の支持を受けたとしても、国際社会からみれば大きな問題点を抱えている。

 国際社会にとって最も大きな脅威となっているのが、正恩氏がシンガポールサミットで「朝鮮半島の完全な非核化」を約束したにもかかわらず、いまだに核ミサイル開発を継続しているという点である。

 核開発に関しては、ポンペオ国務長官はシンガポールサミット後の2018年7月、米上院外交委員会の公聴会で、北朝鮮が「核物質の生産を続けている」と証言した。北朝鮮は、寧辺に使用済み核燃料再処理施設とウラン濃縮施設を所有し、ウラン濃縮の秘密施設「カンソン」の存在も指摘されている。

 米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は同年12月撮影の商業用人工衛星の写真を分析した結果、寧辺のウラン濃縮施設が稼働している可能性があると伝えた(Pabian, Frank V. and Liu, Jack. “North Korea’s Yongbyon Nuclear Facilities: Well Maintained but Showing Limited Operations.” 9 January 2019.)。遠心分離器のあるウラン濃縮施設の屋根の雪が溶け、施設が稼働しているとみられるという。

 米政府の情報機関を統括するコーツ国家情報長官も2019年1月、米上院情報特別委員会の公聴会で「我々の最新の分析では、北朝鮮は大量破壊兵器の能力を維持しようとしており、核兵器と(その)製造能力を完全に放棄する可能性は低い」と語り、「我々は(北朝鮮が)完全な非核化と矛盾する活動を行っていることを把握している」と指摘した。

初の米朝首脳会談後行われた単独会見で、記者からの質問に答えるトランプ大統領=シンガポール、ランハム裕子撮影、2018年6月12日

「正恩氏は自分自身と核兵器以外は誰も信用していない」

 元米中央情報局(CIA)上席分析官で、北朝鮮の大量破壊兵器や金正恩政権の内政外交戦略を専門とするジュン・パク米ブルッキングス研究所上級研究員は「我々が警戒するべきは、正恩氏の目標は核兵器の放棄ではないことだ」と警告する(ジュン・パク氏へのインタビュー取材。2018年9月11日)。

インタビューに応じる米ブルッキングス研究所上級研究員のジュン・パク氏=ワシントン、ランハム裕子撮影、2018年9月11日

 「金一族は長年のパラノイア(妄想症)と恐怖により、韓国や米国に対してのみならず、軍事支援などを打ち切って経済制裁に同調した中国やロシアも信用していない。正恩氏は自分自身と核兵器を除き、だれも信用しておらず、核開発を続けるだろう」

 北朝鮮はハノイサミットが物別れに終わると、弾道ミサイルの発射を再開した。北朝鮮は2019年5月以降、11月までに13回にわたって短距離弾道ミサイルや多連装ロケットを発射した。北朝鮮の弾道ミサイル発射は、飛距離を問わず、すべて明確な国連安保理決議違反にあたる。

 ところがトランプ氏は「彼(正恩氏)はミサイル実験が好きだ。我々は短距離ミサイルを制限していない(The White House. “Remarks by President Trump Before Marine One Departure.” 23 August 2019.)」と発言。正恩氏が自分に約束した「ICBMを発射しない」という約束を破らない限り、北朝鮮の弾道ミサイル発射を容認する姿勢を示し続けている。

 トランプ氏の方針を受け、米政権高官が北朝鮮の弾道ミサイル発射のたびに報道機関の問い合わせに対して出す声明は「報道は承知している。我々は引き続き状況を注視しており、同盟国と緊密に協議をしている」という紋切り型の表現であり、米国が国連安保理決議違反にあたる北朝鮮の弾道ミサイル発射を批判することはなくなった。

 米政府当局者は「北朝鮮は今後もトランプ氏と約束したICBM発射と核実験を除き、短距離・中距離弾道ミサイルの発射を続けるだろう。日本列島越えの弾道ミサイルを再び発射する可能性もあるだろう」と語る。

米朝交渉は「失敗する運命」か

 トランプ大統領がICBM以外の弾道ミサイル発射を容認する姿勢を示していることで、北朝鮮に対する国際社会の包囲網を弱めている。

 国連安全保障理事会は2019年12月4日、北朝鮮の弾道ミサイル発射を受け、非公開で対応を協議したものの、安保理としての見解を示すことはできず、英、独、仏、ポーランド、ベルギー、エストニアという欧州6カ国だけが非難声明を出すのにとどまった。

 短距離・中距離弾道ミサイルの射程内にある日韓両国は「度重なる弾道ミサイルの発射は我が国のみならず国際社会に対する深刻な挑戦」(安倍晋三首相)などと北朝鮮を批判するが、トランプ氏が主導して北朝鮮の弾道ミサイル発射を容認している以上、米側の姿勢には公然と不満を示すことはできない。

 北朝鮮はその隙間をついて弾道ミサイル発射を繰り返し、国際社会の分断を図っているといえる。北朝鮮問題をめぐり、米国がアメリカ・ファースト路線に固執している以上、国際社会の足並みはそろわず、北朝鮮だけが利益を得るという構図になっている。

 北朝鮮の非核化をめぐる米朝交渉の停滞が続く中、米国の外交安全保障専門家の間では「(米朝交渉は)失敗する運命にある」(ボルトン前大統領補佐官)という見方が強まっている(Lippman, Daniel. “Bolton unloads on Trump’s foreign policy behind closed doors.” 18 September 2019.)。

 しかし、ブルックス前在韓米軍司令官は「私はその見方に同意しない」と語る(ビンセント・ブルックス氏へのインタビュー取材。2020年1月4日)。

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