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ポストコロナ危機の政治に向けて(上)

山口二郎 法政大学法学部教授(政治学)

拡大ホワイトハウスで国家非常事態を宣言するトランプ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影

はじめに 政治の再発見

 新型コロナウイルスの蔓延がもたらす世界的な危機は、1世紀に一度というレベルの大きなものであり、従来の政治経済体制を大きく変える可能性がある。20世紀を振り返ると、二度の世界大戦、その間に起こった世界大恐慌が資本主義経済と民主主義体制を変えた。

 その変化をリスクの管理という観点から簡潔に振り返っておきたい。資本主義が勃興し、産業革命を経て急成長を遂げた20世紀前半までは、経済活動との関係においてアダム・スミスが説いたように政府は小さいほうがよいと信じられていた。政府が対処すべきリスクは、外敵の侵入や国内の犯罪など人々の生命、生存を脅かす脅威であった。これを「夜警国家の時代」と呼ぶ。工業化と都市化の進展は、労働災害や過酷な労働と貧困、スラムの形成と環境悪化などのリスクを生み、政府の対処を必要としたが、社会経済の構成原理はリスクを個人で引き受けるという発想であった。

 大恐慌は、政府の役割を変えた。失業、貧困は個人の責任を超えたリスクであり、社会全体としてリスクに対処する必要があるという認識が先進国の常識となった。アメリカのニューディールがその嚆矢であった。そして、2回の世界大戦において総動員体制を構築した政府は社会、経済活動をコントロールする能力と手段を持った。第2次世界大戦後、各国の政府は失業、貧困、疾病などの健康で文化的な生活を脅かすリスクに対処するために年金、医療、教育などの福祉国家の体制を構築した。

 しかし、1980年代後半から90年代にかけて、財政赤字の累積、経済成長の鈍化という戦後経済の転換が起こり、小さな政府への回帰が先進国に共通の路線となった。財政支出、特に社会保障支出の削減、政府企業の民営化、労働分野を中心とする規制の撤廃がその具体的な中身であった。その結果、生活を脅かすリスクは再び個人がかぶることとなった。この路線が一世代続くと、先進国の中にも格差と貧困がはびこるようになる。

 そして、リスクの個人化がもたらしたいびつな社会を新型コロナウイルスのパンデミックが襲った。これにより経済活動は停止し、資本主義は大恐慌以来の危機に陥った。今まで小さな政府を進めてきた人々も、リスクの最後の担い手としての政治システムを思い出し、政治を呼び戻そうとしている。

 この文章では、パンデミックを乗り越え、人間が尊厳を持って生きる社会を回復するために、政治システムが何をなすべきか、政治システムをいかに再構築するかを考えてみたい。リーマンショックの時も政治が呼び戻されたが、のど元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通り、その後金融資本主義は再びバブルを作り出して栄華を取り戻したように見えた。それゆえ、政治の呼び戻しがご都合主義的な一過性のものに終わらないようにすることが、今回の危機対応の課題である。20世紀においては、リスクを管理する政治の主体は主権国家だったが、現在は主権国家以外の主体も重要な役割を持つので、以下では広い概念として政治システムという言葉を使う。

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筆者

山口二郎

山口二郎(やまぐち・じろう) 法政大学法学部教授(政治学)

1958年生まれ。東京大学法学部卒。北海道大学法学部教授を経て、法政大学法学部教授(政治学)。主な著書に「大蔵官僚支配の終焉」、「政治改革」、「ブレア時代のイギリス」、「政権交代とは何だったのか」、「若者のための政治マニュアル」など。

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