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アベノマスクは「腐敗のマスク」か

人権問題としての腐敗のパンデミック

塩原俊彦 高知大学准教授

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行(パンデミック)は、「腐敗」の「パンデミック」という現象を引き起こしている。

 世界中の国々で、国家による感染症対策費や経済復興支援金をねらって、為政者やその取り巻きによる横領やリベート、キックバックなどの腐敗が広がっている。拙著Anti-Corruption Policies(Maruzen Planet, 2013)や『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社, 2016)などで、腐敗の研究をつづけてきた筆者として、その問題点を探ってみたい。

経済腐敗と国家の成長

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 腐敗問題は長く「政治腐敗」として、政治権力の問題として語られてきた。その典型が歴史学者アクトン卿の有名な言葉「権力は腐敗し、絶対的権力は絶対的に腐敗する傾向がある」という警句に込められている(Acton-Creighton Correspondence)。これは国家権力の腐敗を前提に語られたものだ。

 これに対して、個人の利益と全体の利益の比較から、全体の利益を無視して私益を貪ろうとする「経済腐敗」がここ数十年にわたって注目されるようになっている。さらに、この経済腐敗を国家の成長率と結びつけて、腐敗撲滅が低開発国の経済成長に不可欠との見方が広まった。

 この10年前後の間をみると、腐敗問題が、人間が生きてゆくための基本的人権に深くかかわっているとして、人権と腐敗を関連させて考える見方が広がっている。人権問題の調査を行うために1998年に設立された国際人権政策評議会(スイスに登録された非営利財団)が2009年に公表した報告書「腐敗と人権」では、腐敗した官僚が弱者に賄賂を強要するなどして弱者の人権を侵害していると主張した。それがその端緒だろう。

 1948年の国連総会で採択された世界人権宣言にも、1966年の国連総会で採択された「市民的および政治的権利に関する国際規約」にも、同年の国連総会で採択された「経済的、社会的、および文化的権利に関する国際規約」にも、腐敗という言葉は登場しない。

 欧州評議会が1953年に発効した「ヨーロッパ人権条約」、1948年に採択された「人の義務及び権利に関する米州宣言」、1978年に発効した「米州人権条約」、1986年に発効した「人及び人民の権利に関する憲章」にも腐敗は使われていない。

 2005年に発効した「国連腐敗防止条約」では、その序文でつぎのように指摘している。「腐敗は民主主義や法の支配を傷つけ、人権違反をもたらし、市場を歪め、生活の質を侵害し、そして、組織犯罪、テロリズム、およびその他の繁栄に必要な人間の安全保障へのその他の脅威を許してしまう」というのがそれである。

 ただこれは、腐敗が広範囲にわたる悪影響をおよぼすことを示すなかで、その一つとして人権を例示したにすぎない。その証拠に、条約本文中では、腐敗と人権を結びつける記述はない。

 1999年に発効した「OECD国際ビジネス取引における外国公務員に対する賄賂闘争取り決め」も同じである。人権そのものの記述がみられない。1996年採択の「米州腐敗防止条約」にも、人権という言葉はない。アジア太平洋経済協力(APEC)が2004年に採択した「腐敗闘争・透明性確保の行動コース」にも人権という単語は見当たらない。

 他方で、2003年に採択されたアフリカ連合の腐敗防止・対抗条約の第3条2項には人権の尊重という規定はあるが、腐敗と人権保護が強く関連づけられているわけではない。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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