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悪いのは「西浦モデル」ではない。何もしてこなかった安倍政権だ

西浦教授の「接触8割削減」を突出させた安倍政権の無策

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

単純な「線形」でできている西浦モデル

 「接触率を減らすと全体が減っていくということが私にはわからない」

 こう首を傾げるのは、大澤幸生・東大大学院システム創成学科教授だ。人工知能の研究や社会ネットワーク理論をバックボーンに複雑なマーケティング理論や自然現象の変化説明手法を開発し、現実の場に応用する研究を進めている。オリジナルモデルを開発して多様なデータを経営などの意思決定に生かす「チャンス発見学」を提唱、経営者の注目を集めている。

 いま「首を傾げ」と書いたが、それは正確ではない。大澤教授は私の電話取材に応じ、教授がモデルとしているネットワーク社会のあり方を説明してくれたからだ。「接触8割削減」に疑問を呈したからと言ってスマホの向こうで首を傾げたかどうかは私にはわからない。

 「普通、Aという人がBという人と、それからCという人と接触していきますね。政府の専門家会議はこれを8割減らしていけば感染も8割減っていくという考えなのでしょうが、現実の人間社会というのはネットワーク社会なんですね。AからCに行くにもいろいろなルートがあるんです。ネットワークはいくつかのルートを持っていて、いろいろな関係があります。そのルートは10通りあるかもしれない。つまり、Aの接触率を8割減らしたからと言ってすべてが8割減るわけではないんです。例えば、細いルートを通って密集する人々に伝わることもあります」

 大澤教授は、現代のネットワーク社会のあり方をこう説明し、その伝わり方を「非線形」と表現した。

 この「非線形」の伝わり方と対照的な伝わり方をモデルとしているのが、厚生労働省のクラスター対策班を率いる西浦博・北海道大学大学院医学研究院教授だ。

拡大会見する北大の西浦博教授=2020年3月30日、東京都新宿区

 西浦教授の考え方は非常に単純でわかりやすい。

 まず、このモデルでは、一人の感染者が何人の感染者を新たに生み出すかという「再生産数」を前提とする。例えばはしかを起こす麻疹ウイルスは再生産数10以上という格段に強い感染力を持っている。一人の患者が10人以上にウイルスを移すということだ。

 この再生産数には2種類の考え方があり、流行当初の基本再生産数(Ro)と、いろいろな感染防止策を採った後の実効再生産数(Rt)とに分かれる。この実効再生産数が感染防止策によってどんどん減ってきて1以下になれば、新たな感染者は減っていくという考え方だ。

 この計算式は次の形を取る。

(1-r)×Ro=Rt

 そして、この計算式のrが、「接触8割削減」という時の「8割」だ。西浦教授は、基本再生産数(Ro)に2.5という数値を使っているため、それを当てはめて計算してみると――

(1-0.8)×2.5=0.5

 となる。この計算式を簡単に説明すると次のようになる。

 一人の人が接触を8割減らし、その状態に基本再生産数2.5を乗じると0.5となる。つまり、流行当初一人の人が2.5人に感染させていたものが、0.5人にまで減り、以後感染者はどんどん減っていくという図式だ。

 これが例えば「7割削減」であれば実効再生産数(Rt)は0.75。とりあえず減りはするが8割削減の場合よりもそのスピードは落ちる。「6割削減」であれば1となり、感染者数は増えもしなければ減りもしない状態となる。

 こう書いてくれば実に簡単。確かにその通り。しかし、これだけのことであれば「8割削減」などと抽象的でわかりにくい目標を掲げる必要はなく、西浦教授のモデルの考え方を十分に理解した安倍首相がその考え方を懇切丁寧に訴える方が意味があったのではないか。

 しかも、この計算式の肝になっている基本再生産数について、なぜ2.5という数値が採用されているのか、西浦教授のはっきりした説明がない。

 訴えた言葉は実に抽象的。反面、「8割削減」を導き出した計算式は実に単純。なぜこのようなことが起きたかと言えば、先に大澤教授が説明したように、西浦教授の社会モデルが、ネットワーク社会のような複雑な「非線形」ではなく、単純な「線形」でできているからだ。

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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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